なぜ必要なの?  その② ハーモニーを知ること ~前回の続き

たとえばこの曲:
Chopin Op9-2Edit.jpg
右手のメロディーだけをみていたら、曲がシーソーとはじまった時、ソにやや向かったあとは、ファソファミの方へすっーと降りてくるのが自然だろう。
でも左手の赤で丸をした和音を見てみると、この和音は、この曲の主調である変ホ長調からみると、ちょっと変わった和音だ。だからこそ臨時記号がついている。(おまけ:臨時記号は文字通り”臨時”になにか起きる時に付くので、ハーモニーや転調を探すときのサインになることも多い。)
この赤丸の音が何かが起きた場所だ、とわかったあと、これをどのように用いるか、どんなイメージをするかは、ある程度は演奏者の自由だと思う。でも何らかの形でこの一風変わった和音の箇所に音楽的な緊張が生まれないといけない。それが作曲家が私たちにハーモニーを通して示したサインだからだ。ここのケースでいえば、右手の伸びているソの音に続くファソの音のところで、まだ緊張を緩めないでくださいね、と赤丸の和音が示してくれていることになる。
同じようにその先の青い丸。青い丸の直前にはヘ短調の5度(属七)の和音がある。本来は五度から普通に1度になって閉じるのがルールだが、その前に、ワンバウンドするかのように、この青丸の和音を挟んでいる。さっきも書いたように、このワンバウンドにどんなイメージをするか、たとえば『何か自分に説得するようにうなずくような感じ』とか『ちょっと訴えるような感じ』とか・・どう解釈するかは演奏者の自由である部分も大きい。(自由と言っても前の記事に書いたように、ショパンはショパンでなければいけないので、その中での”自由”だけど。)ただ、この和音が音楽的に何かを色づけていなければいけないことには変わりない。
それが音楽にあらわれていないと、いくら和音がわかっていても、先生に ”ここは何の和音?”と質問されることになるのだ。つまり先生は、ハーモニーを確認したくて質問しているわけではなく、音楽として現れていませんよ、というメッセージを送っているわけだ。
ハーモニーは音楽の道しるべでもあり、特別な和音がある時などは、作曲家が音楽的に何かを求めているサインでもある。それを知るために、ハーモニーを見ることはとても大切になる。でも、ハーモニーをみれば充分なのだろうか…?
(続く)
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なぜ必要なの?  その② ハーモニーを知ること

最近はよく、ハーモニーは?という質問を耳にすることが多いのか、楽譜にV, I、IIなどと細かく書き込んである楽譜や、ここのハーモニーは?と聞くと、属七、などスムーズに答えられる生徒さんを目にすることも多くなった。
でも、ふと考えてみて欲しい。ハーモニーがちゃんとわかっているのに、なぜレッスンで先生に、ここのハーモニーは何? と質問されたのだろうか。
そもそも、演奏するうえでどうしてハーモニーを知る必要があるのだろうか。
____________
音楽は 「音で語りかける言葉」だ。言葉と同じように、
-文章のはじめや終わりがあり、
-文法と同じようにルールがあり、
-抑揚がある。
だから
-呼吸も必要だ。
私たちが日常で言葉を話すとき、生まれた時からの積み重ねで、ちょっとした文章なら、
さっと目にすればどのように抑揚をつけてしゃべったら良いかわかる。
『今日学校に行くとき、近所の人に会いました。』
こんな文章は、大体の場合、見てすぐ普通に抑揚をつけてしゃべることができるだろう。もちろん例外的に、
ある単語を強調して話さなければならない時は別だけど。
でも少し知っている程度の外国語だったらどうだろう。ちょっと考えて頭で文章を作り、頭の中でイントネーションを考えつつ話すだろう。
西洋音楽は私たちにとって外国語だ。だから、最初はハーモニーがわからなくても恥ずかしくなんてない。でも外国語と同じく
1つずつ丁寧に学ぶ必要がある。その時、音でできた一つの文章をどんな抑揚で語ったら良いのか、
それを考える時に、ハーモニーというものがその目印になる。
(続く)
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なぜ必要なの?  その① 音楽を聴くこと  ~前回の続き~

前回のブログで脱線ということを書いた。でも実はただ脱線というだけではすまされない。
たとえば、私をよく知らない誰かが、もし
りかこさんって、ふりふりのレースが付いた、かわいい洋服とか似合う人なのかなあ (゜.゜)
と聞いたら、私を知るみんなのリアクションは
 
” ( ̄w ̄) ぷっ”
であろう。
これを読みながらうなずいたア・ナ・タ、

失礼だ。(-o-)(-o-)(-o-)

ま、確かにその通りだけど…………..( _ _)σ
でも私に会ったことがない人は、私のことをそう想像することだって可能なわけだ。
音楽もそうで、何も知らなければ、ドビュッシーをブラームスのように澄まして弾けてしまったり、ショパンがリストになっていたりという、結果として『ぷっ』と笑われてしまうような間違いをしていることになる。
実際、日常では”恥ずかしい”と感じるこのような”勘違い”も、音楽では平気で恥ずかしい演奏をやってしまっていることになるのだ。
恥ずかしいだけではなく、私たち音楽家は、作曲家に対して責任があることも忘れてはいけない。
ドビュッシーとブラームスはまだ遠いとしても、
ハイドンとモーツァルト
プロコフィエフとバルトーク
ドビュッシーとラヴェル
などを弾き分けられるかというと、少し難しくなってくるだろう。
これらの違いは、ことばで説明するよりも、身体で感じるのが一番。だからこそ、たくさん聴くことが必要になるのだ。
知らないということは、時に恐ろしい。
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なぜ必要なの?  その① 音楽を聴くこと

小さいころから、”たくさん音楽を聴きなさい”という言葉を耳にする。でもいったいなぜだろう?
曲をたくさん知ったほうが良いから? もちろんそれもあるかもしれない。ありがたいことに人生ですべて学べないほど山のように音楽作品はあるから、たくさん聴いて触れるのも良いだろう。
でも、それだけではないと私は思う。
もし誰かに良く知っている身近な友達や家族について、OOさんってどんな人?と聞かれたとしよう。たとえば、あなたのお父さんどんな人?とか。
静かだけど厳しい。面白いけどせっかち。あるいは
真面目なようで実はひょーきん。(←うちのとーちゃんの場合)
など、少し考えたら言葉にできることがいくつかあるだろう。
でも、学校や仕事場で時々すれ違う程度のひとについて、
OOさんどんな人?と言われたら、背が高くて細い、とかメガネかけて賢そうとか・・・表面的なあたりさわりのないことしか答えられない。
なぜかというと、特にその人と面と向かって話し込んだことなどなくても、身近で何度も時間を共にしていると、その人間性や考え方、その人の傾向などがいつの間にか浸透していくからだ。
音楽も同じ。同じ作曲家でもたくさんの音楽に触れておくと、その人の言語、傾向、色、息遣い・・が見えてくる。100%とはいわなくても、傾向が見えてくる。そうすれば、ベートーヴェンをリストのように弾いたり、ラヴェルをショパンのように弾いたりという”脱線”も免れられる。
続く
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ベルリンの醍醐味

ベルリンは、中心部から少し離れるだけで森や湖の大自然に触れることができる。
今日はDと自転車で過ごした2-3時間の素晴らしいコースをご紹介したい。
ベルリン中心部から車で30分北の方へ走らせると、HeiligenSee(ハイリゲンゼー)という湖がある。
今回は車に折り畳み自転車2台を積みHeiligenSee方面へ移動。
そこで自転車に乗り換えた。
車を止めたあたり一帯は住宅街という感じだが、そこから南方面へAlt Heiligen Seeという通りを数分を進むと、
次第に視界にHavel(ハーフェル)川という雄大な川が悠然と現れ、
川沿いには自転車で走行可能な土むき出しの素敵な小道が続いていた。
____
川の美しさや紅葉に感動しながら進むこと数キロ、ベンチで少し休憩。そこでDが
・・・川の向こう側に渡って一周したいねえ・・(‘-‘)
と言い出した。でもその川はものすごく大きく、長く、見渡す限りでは橋など見当たらない。
どこかに橋があるかもしれないから、もう少し行ってみよっか、
と走り出したところに、なんだか鉄の大きな台みたいなものが川の上にあり、
車数台とバイク、自転車の人が数人が乗っている。
私:あれ?これなんだろうと言いながらその台に乗った途端、バーがしまり、私たちを乗せた鉄の台が向こう岸に向かってゆっくりと動き始めた。
私&D: すーごーくーなーい?( `―´)ノ 
 
そう!!私たちが乗った台は、渡し舟だったのだ!
その渡し舟がこれ↓(写真をクリック!)
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よーくみると満足げな仁王立ちのDが。↓(写真をクリック!)
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上の写真にある車が見ている方向が渡し舟(渡し台?)の進んでいる方向。
渡し舟からその反対側を見るとこんな感じ↓(写真をクリック!)
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さっきの岸が遠のいていく。
渡っている途中の景色はこれ↓(写真をクリック!)
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いやあ、すごい!息をのむ美しさ・・・。最高♪
感動している間にあっという間に向こう岸に到着。降りようとしたらお兄ちゃんが近づいてきて、
はい、2ユーロね。(~o~)
あ、そうだよね。有料だよね、そりゃ。というわけで一人あたり1ユーロお支払い。(・_・)
____
そして反対岸をまた自転車にまたがって川に沿って北上し始めた。森と湖。大自然。おもわずベルリンにいることを忘れそうになった。(写真をクリック!)
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途中Dが、
ねえ、デンマークまで自転車道が続いてるらしいよ♪ (*^_^*)
という。看板があったらしく、それによるとこの自転車道を600キロ以上走るとコペンハーゲンだとか。
すごーい、ヨーロッパって地続きの大陸だぁ~と
あらためて実感。(・o・)
(*といってももちろん途中、渡し舟はあります)
途中こんなお客さんも、遊歩道を散歩中。↓(写真をクリック!)
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ちなみに、今回私たちを運んでくれた折り畳み自転車。↓(写真をクリック!)
IMG_1329mini.jpg
お疲れ様でした♪ 家から往復3時間で、こんな気分転換ができるなんて、ベルリン最高♪
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惜しい(2) パパ編~

ヤオコーというスーパーがあるのだが、とあることからそのお店の話題が
最近良く私とパパの間で出ていた。
・・・・ハズ。
そしてある日:
パ:そういえばお前、あのマルコーってスーパーだけど・・・
私:(._・)ノ コケ
私:パパ、マルコーじゃなくて、ヤオコーね。
パ:そうだったか、ヤオコーな。ふーん。
・・・そして数日後・・・
パ:お前、そういえばあの番組終わったらしいな、アポロ
私:ん?アポロ?アポロってお菓子ならあったような。(・。・)
パ:ヨーロッパでもテレビでやってるんじゃないのか?あの、ひげ生やして探偵みたいなことしてるやつ・・
私:( ゜o゜)ハッ
 ・・・・・パパ、それはポアロです (-o-)・・・・・・
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尊敬

私には家族やDとは別に、心から尊敬し、頼りにしている方がもう1人いる。いつの頃からか、何かに行き詰ったり、どうしても客観的な意見が必要になった時、あるいはわからなくなった時に、今の思いをつづってみることがある。忙しい方だから、よほどのことがない限り頼らないようにしているが、真剣な問いには必ず時間を割いて返事を送ってくれ、そこには本当に的確な意見が記されている。柔らかい言葉表現にしっかりとメッセージが組み込まれていると感じる。
今日もまたその人に道を照らしてもらった。私はきっとこの人には追いつけないんだろうなと強く感じながらも、こんな素晴らしい方に人生の節々に大切な言葉をもらっていることに心から感謝している。

惜しい! その①

Dも私も大の犬好き。将来日本に住んで犬を飼いたいねえ・・と話が盛り上がっていた。
そして・・・
D :僕ね、日本に住むなら犬には日本語で話したほうが良いと思うんだ。
私:ほお。(゜-゜)
D :少しは知ってるよ。たとえばね
【お手♪】
私:おー(¨ )
D :それからね、
【スワリ♪】
私:(._・)ノ コケ
(心の声:なんでそこで、関西弁風?ちょいとすわりぃ~ みたいな。(*^_^*) )
私:惜しいねえ。「お座り」だよ、オ♪を付けてねー。(優しい妻である)
D :そっか、オスワリ かあ。あと、もう1つ、知ってる!
   【マッテ♪】
私:(/・ω・)/
 マッテじゃなくてマテだよー。
(心の声:犬にお願いしてどうする?)
でも確かに外国人にとって、日本語のリズムは難しそう。”ッ” とか、ちょっと伸ばす音とかが飛んだだけでこっちは理解しづらい時がある。たとえば、夢(ユメ)と有名(ユーメー)とかでも全然違う意味になるし。
この間は日本の大学で生徒を急いで呼び止めようとして、
【チョットマテ!】
と大声で言っていた。呼び止められた方も驚いたであろう。
日本語はムズカシイ。。。by D
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MusicAlpティーニュ夏期国際音楽アカデミー2014を終えて

今年も1か月ほど、フランスのアルプス標高2100メートルの街で貴重な体験をしてきた。私は今年、総勢50名ほどの生徒をレッスンさせていただく機会に恵まれた。そして何よりも、様々な国籍の、さまざまな年齢の人たちとの出会い。これはそう経験できることではないだろう。私の人生にとって貴重な日々、ということばに尽きる。
今回めずらしくメキシコ人の生徒がいた。26歳。すでに音楽学校を目指すメキシコの子供を教えたりしているという。慣れないヨーロッパの講習で最初は落ち着かない様子だったが、徐々にレッスンの聴講に頻繁に訪れるようになった。最終日、ゆっくり話す機会があり話を聞いてみると、講習会初めの方で日本人受講生の演奏を聴いて、今まで知っていた世界とは全然違う世界のレベルだと気が付かされたという。メキシコの中と外の世界。はっと気づかされ、そして必死で何かをつかもうと聴講に通う姿に心を打たれた。この講習会で視界を広げる機会になったという。そして、
『あなたは本当にWonderful Jobに恵まれている』と輝いた目で言われ、はっと初心にかえらされた。
今回の講習では私もDも珍しいほど本当に頻繁に”テクニック”の話をした。国籍は違えど、テクニックというものについて、じっくり考えないまま来てしまい、思うように演奏できなくなったり、痛みを感じたり、苦しんでいる人がたくさんいた。そして何とか糸口をと、テクニックの話に興味を持つ人の多さに驚いた。テクニック、といってもまさに根本の話を求められることが多かった。重さとは何か、指を使うとはどういうことか、指をどうやって使うのか、座り方、呼吸・・・そしてピアノを弾くとはどういうことかにまで及んだ。言葉で納得のいく説明を求められるわけだから、こっちも頭の中をフル回転でできる限りの言葉を尽くして答えた。そのおかげで、私自身これまた基礎を見直すものすごく良い勉強になった。
とある生徒が、無理のある演奏の積み重ねで何もかもうまくいかず、でも年齢などの焦りからコンクールを準備しようとしていて、焦りとプレッシャー、そして弾けないという事実に、日々顔から笑顔や表情が消えて行くのを目にした。講習会とはいえ、私は最後のレッスンで通し演奏を聴いた後、レッスンに入らず、ひとこと、こう伝えた。
あなたは今、音楽のために音楽をやっていない。
そしてこう付け加えた。
そういう方向で音楽をすることで、幸せさまで失っている。音楽をすることで不幸せになるのなら、音楽をする意味があるだろうか。
私にとって大切なことは、音楽の専門的勉強をするにあたり、当然苦しかったり、もがいたりはしても、その結果として、その人の人生が幸せになるよう努めることだ。私は私が接する生徒すべてに対して、そればっかりを考えている。
何のために音楽をし、何のためにコンクールを望み、何のためにがんばっているのか。どんなに一生懸命やっていても、うまくいかないとき、ふと足を止めて考えてみて欲しい。
自分は音楽のために、音楽をしているだろうか。
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日常、遭遇したこと、思ったこと・・・を飾らず気ままに書いて行きたいと思います。