さすが、あの国!

普通、機内食で添えられて出てくるのは
これ↓
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そう、塩コショウ。サラダやお肉などに好みに応じて
振りかけられる。
ところが先日旅行した国へのフライトでは
これがでてきた↓
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そう、韓国。機内食にも
辛さのもとは欠かせないらしい。チューブを押すと、ケチャップのように赤いものが出てきて・・・・もちろん、辛い!です。(>.<) それにしても韓国料理っておいしい♪韓国万歳!

本物とは・・

普段はフランスの銀行員。趣味はピアノ。お年は55歳ぐらいだろうか。そんな男性がもうかれこれ何年もプライベートレッスンを受けにベルリンに通ってきている。
ピアノを弾くことが好きでたまらない彼は、あまりに楽しすぎて時々はのめり込み過ぎてしまい、まわりがきこえないのか、レッスン中に私が何か話しかけてもしばらく弾き続けたりもする。
そんな時はもちろん、私がもれなくプチット切れる。笑
えへへ、えへへ、と頭をぽりぽりかき、ここ弾けなくってーと必死に鉛筆でいろんなことを楽譜に書き込み、勉強する、そんな人だ。
そんな彼が持ってくる曲はショパンのバラードだったり、ラヴェルの水の戯れだったり、ときにはモーツァルトのソナタ amollなど本格的な選曲だ。そして毎回必ず暗譜で持ってくる。
パリから年に数回日帰りでレッスンに来るが、レッスン前にも必ずベルリンでスタジオを借りて練習しているらしい。
数年前ふとした雑談の折に、まだ家にピアノがないと言っていた。(つい先日ようやく買ったらしい) なので練習場所は貸しスタジオ。 会社のお昼休みに数駅先のスタジオに毎日行くと聞いて、たまげた。お昼ご飯は?と聞いたら、食べるより音楽の方が面白いと。
ははぁ……これが音楽を愛するということか、と頭が下がる。
そんなある日、バッハに挑戦したいと持ってきた。
いやあ、バッハは本当に難しくて。えへへへ。
全然うまくいかなくて。えへへへ。といつもに増して
頼りなーい感じで、また謙虚な彼。
困った困ったと苦笑いしながら弾いてくれた。確かにまだ少し必死で、指も上手く回らず、いろいろと勉強が必要だ。丁寧にバッハのつくり方や片手でポリフォニーを弾ける方法などを示しながらレッスンしようと思い、ここ、まずは左手だけ弾いていただけますか?
と聞いてみた。左手だけなんて楽譜があっても弾けない若者が多い中で、アマチュアの方にそんなことを求めるのかと言われそうだが、熱心な生徒には真剣にこちらも限界を挑戦してみる。
すると、
暗譜で(!)するするっと左手を弾き続ける。音楽的にはまだちょっとガタガタではあるし、もちろん基本的なテクニックは本格的に勉強している人よりも大変そうで、指がもつれながら演奏している。でも、なによりも暗譜で左手だけを問題なく弾けること、頭に入っていることに感心し、思わず
ベルリン芸大の生徒ですら、左手だけの練習が不十分な人が多いのに、暗譜でお弾きになるとは、感心しました
と伝えたところこんな答えが返ってきた。
あ、それはハーモニーがどうなってるかわからないと覚えられないので、 左だけも一生懸命勉強するんですよ。
と言われ、ほほー、とまたまた驚いた。
そして、とどめ。
もうバッハは難しくて、僕の頭になかなか入らないんですよ。頭にある程度入ってなくてピアノに向かってもうまくいかないので、出勤中の電車の中で、毎日必死で楽譜をこう開いてね、指を動かしてこういろいろ試しながらにらめっこして頭に入れていってるんだけど、なかなか難しい。えへへ。
もう
脱帽・・・ですな。
ピアノから離れて勉強する時間がいかに大切か、頭である程度把握しておくことの必要性、それには時間がかかるから忍耐力をもって毎日少しずつ丁寧に勉強。
これらは口を酸っぱくして、普段から生徒に伝えてきているが、
彼はそれを普段ピアノ触れる時間がないからこそ自分で思いつき、情熱があるからこそ妥協せず、必死で自分への挑戦を喜びをもってしている。
銀行員だから頭が良くて暗譜出来たのではなく、そこにはまさに不断の努力があったわけだ。
いったい何がプロなのか、何が本物なのか。考えさせられる瞬間だった。
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現代病?

レッスンを通して様々な企画を試し若い音楽家と接する中で、今深刻に感じる問題がある。それは私が名づけるところの、
「ネット病」。
わからないことがあれば検索に文字を入れ、答えらしきものを目にする。そして、”あ、わかった”・・と理解したつもりになってしまう。”この曲知らないなあ”、ネットで聴いてみよう、
あ、こんな感じの曲なのか…。音楽も同じだ。
これでは、学んだのではなく、脳はぽかんと口を開けて物を受け入れているだけであり、それで”学んだ”と思い込んでしまっているのはとても危険だ。レッスンもそうだが、
受けることに意義があるのではなく、そこで受けた情報を丁寧に1つ1つ吟味することに意味があり、そこから初めて勉強が始まるのに。
若者の消極性が強く気になり、個人レッスンやVillage,その他さまざまな機会を通して、自発性を高めようとしてきたが、今やるべきことはそこではなかったと気が付いた。
情報を得て満足することを続けていくうちに、知らず知らずのうちに、自分で”考えるとは、どういうことなのか”、”考えるにはどうすれば良いのか”がわからなくなっていて、
もっと簡単に言えば、頭を使うためのエネルギーすら失っている。
将来が不安です、自信がない・・・そんな言葉をたくさん聞く。そんなこと言ったら、私だって将来どころか毎日が不安だらけだ。
でも、そう言ったところで信じてくれない。
不安だ不安だと繰り返して、コンクールを受け続けたって何も変わらない。変わらないどころか、自信を失っていくだろう。
自信はコンクールの賞がくれるものではない。
本番の数がくれる物でもない。

不安なら考える。考えて、考え抜いて、今自分にできることをする。どんなに些細なことでも、自分に何ができるか考え、動くことが第一歩だ。
自分にできることは思ったよりもあるはず。自分にできることを一つずつ積み重ねていくことで自信につながる。考える力を養い、今自分にできることを見つけ、
一歩ずつ小さな積み木を重ねる。不安はいつでも付きまとうものだけれど、少しでもそれに打ち勝つ自信を付けてくれるのは、その”積み重ね”だけだ…と私は思う。
今一番急がれることは、彼らのいつのまにか止まってしまった脳を再び働かせるエンジンをかけることだと感じた。脳というのは使わなければ退化していく。
賢いか賢くないかではない。刺激し続けなければ、考える方法がわからなくなってしまう。
次回のDevoyons’ Villageでは、これまでとは趣向を変え、そういったものに役立つ企画を考えたいと思っている。その必要性を感じてくれる若者がいれば嬉しいところだが・・・。
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Pascal DEVOYON&村田理夏子 DUOリサイタルツアーのご案内

この度、3年半ぶりとなるDUOリサイタルツアーを開催させていただきます。
下記東京公演につきましては、rikakoberlin@gmail.com
までチケットのご依頼をいただいた方は、わずかながら割引をさせていただきたいと思いますので、
ご連絡いただければ幸いです。
地方公演のご案内は、私のサイトFromBerlinのトップページに掲載させていただいております。
各コンサートについての詳しいご案内は順次ブログ上で行わせていただきたいと思いますので、
ご支援のほどよろしくお願い申し上げます。
村田理夏子
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パスカル ドゥヴァイヨン&村田理夏子 ピアノデュオリサイタルツアー2015 名古屋公演のご案内

4月12日に、宗次ホールでスイーツタイムコンサートに出演させていただきます。
音楽を通して、フランス、スペイン、オーストリア・・・さまざまな国を味わっていただこうというテーマです。音楽に詳しい方も、そうでない方も、とても楽しめる演奏会になると思います。みなさまお誘いのうえお越しいただければ、大変うれしいです。
よろしくお願いいたします!
村田理夏子
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パスカル ドゥヴァイヨン&村田理夏子 ピアノデュオリサイタルツアー2015 藤沢公演のご案内 その②

コンサートの翌日はPascal DEVOYONによる企画が一日中行われます。
【藤沢公演翌日:3月22日Devoyonによる特別企画のお知らせ】
チケットご希望の方は、下記チラシ(下)のどのチケットをご希望かを明記のうえ、rikakoberlin@gmail.comまでご連絡ください。私がまとめて主催者に予約手続きを行います。
10:00-12:00 ショパンのピアノテクニック。
(以前山野楽器で行ったレクチャーで、大好評だったものです。ようやく再現の機会が来ました!お見逃しなく!)
13:30-14:30 DEVOYONによる模擬レッスン。ショパンバラード1番
模擬レッスンというのは、生徒無しのレッスンです。Ballade一番を例に、どのように曲にアプローチしていくか、練習方法や曲の全体の見方など、詳しく説明してくれます。今
翻訳中ですが、かなり興味深いですよ!
小節番号の記載された楽譜を必ず持参してください。
15:30-DEVOYONによる公開レッスン。
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みなさまからのご連絡、お待ちしています!
村田理夏子

パスカル ドゥヴァイヨン&村田理夏子 ピアノデュオリサイタルツアー2015 

藤沢公演のご案内 その①
これまで3回のツアー公演では、藤沢でも毎回演奏をさせていただいています。ホール運営者である赤池さんはご自身もピアニスト。音楽家目線で行き届いたサポートをしてくださいます。
今年のコンサートはがらりと傾向を変えてみました。ファミリーコンサートと題して、とっても楽しいナレーションつきの演奏会をします。
ナレーターは寿夢子こと、山口由美様。とある演奏会でご一緒する機会があったのですが、なんともナレーションの天才!演奏会を本当にあかるく面白くしてくれるのです。彼女は実は本業はナレーションではないそうで、さらに驚き。持って生まれた才能と、非常に熱心な練習で、藤沢公演にも万全に備えてくださるはずです。
藤沢のコンサートには、是非彼女にお越しいただきたいと思い、私たちからご依頼しました。
お子様連れの方はもちろん、ご家族でもお越しいただきたいですが、お一人でも、大人のかたでも大歓迎です。この演奏会の後、きっと心がほくほくとして、とても幸せになると思います。
♪お知らせ♪
藤沢公演のチケットは、私が窓口となってまとめさせていただき、主催者に手続きしようと思っています。
このブログをご覧になった方は、2月末ごろまでをめどに、私にご希望のチケットをご連絡いただければ幸いです。
一枚でももちろんOKです!お名前、枚数、ご連絡先をご記載いただけますよう、お願いいたします。
rikakoberlin@gmail.com

みなさん、土曜のひと時、童心にかえってみませんか?
なお、タイトルは藤沢公演その①となっていますが、それは翌日3月22日にパスカル ドゥヴァイヨンによるたくさんの面白い勉強の企画が用意されているからです。それはその②でご案内しますね。
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村田理夏子

パスカル ドゥヴァイヨン&村田理夏子 ピアノデュオリサイタルツアー2015 熊本公演のご案内

過去3回のツアー公演では、熊本で毎回演奏をさせていただいています。中島様が全身全霊を込めて、仲間の方々と、とても温かいコンサートを作ってくださいました。熊本は、お客様もスタッフもみな温かい・・・こころがほくほくとなる演奏会です。今回も楽しみにしています。
今年は中島様を筆頭に、教育連盟様にもサポートをしていただき演奏会をさせていただく運びとなりました。
熊本公演のプログラムは、なんと東京公演とほぼ同じです。シューベルトは3楽章のみとなります。あのなかなかリサイタルで演奏されないバルトークが聴けるのは、東京以外では熊本のみです。お近くの方、是非お越しいただければと思います。
よろしくお願いいたします。
村田理夏子
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なぜ必要なの?(おまけ) 音楽以外の勉強・・数学、国語、地理・・など。

私は大学で音大に行くまでは普通の学校に通ってきた。思春期の私は、ときどき
――なんでこんな授業を受ける必要があるのかなあー。
とぶーたれながら授業を受けていた時期もあった。音楽やるのに、なぜ物理?なぜ哲学??
数学が好きだった私は、証明の授業とか、確率とか、熱心に勉強してきたし、物理や化学も大好きだった。歴史関係は全然覚えられず、大の苦手だったけど・・・。
でも、今となっては円周率すら忘れ、面積の出し方も完璧に忘れた。忘れるのも、ものすごく早いのだ、私は。( ̄^ ̄) エッヘン
どうせ忘れるなら、その勉強は無駄だったのだろうか。面積の出し方を覚えたところで、人生に役立たないのだろうか。
それは違う・・・・その一生懸命やってきた時間は、思考力や、客観的な物の見方、応用力など、人間として生きていく上で必要なものを養ってくれていたのだ。おさない私はそんなことに、学校を出て、だいぶ後になって気が付いた。
もっとちゃんとやっておくんだった・・・(‘〇’ 😉
人生に無駄なものなど一つもない。自分がするすべてに全力を注いでほしい。
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なぜ必要なの?(3) 構成を考えること

前回までに書いたようにハーモニーを知ることは大切だ。ただ、気を付けなければいけないのは、ここがドミナント、ここが1度になっている、ということだけを知っていても音楽という言葉は語れないということだ。同じように、ここが何調、ここで違う調に行っていると転調箇所がわかっていただけでは音楽にならないのだ。ここをしっかり理解しなければいけない。
和声の勉強と音楽を決して切り離してはいけない。
いったいどうして和声がわかっているだけや、転調がわかっているだけでは音楽にならないのだろうか。
これも言葉でたとえてみよう。たとえば、誰かに物語を話してきかせてもらっているとする。まえがきがあり、そこから主人公が現れ、ほかの登場人物が加わる。でも、問題はそこから先だ。各登場人物が、それぞれ自分のしたいことをし、自分の話だけ語っていったところで、変化はあるかもしれないが話としてなりたたない。
転調やハーモに変化、それらの『何かが起きている場所』を見つけた後はそれを一つの作品として組み込まなければいけない。そのためには、絵を書くように一歩離れ、ピアノからもついでに離れ、全体を見る必要がある。きれいなお花、きれいな家、きれいな木、きれいな山を描いても、それがバランスよく互いを支え合っていないと一つの絵にはならないだろう。どれをメインにし、それを引き立てるために、ほかのものはどういう位置づけにしたらよいのか、それをピアノから離れてみていくことも大切だ。
そうじゃないと、たとえばバッハのフーガなどは、主題の場所はしっかりわかっていても、そればっかり出したところでテーマは聴こえつつ、とめどなく転調を繰り返し、終わってみたら何も構築されていなかったという演奏になってしまう。フーガというものは、一声から始まり、ハーモニーの変化を通りながら、レンガを一つずつ積み重ねていくように構築していく建造物なのだ。ハーモニーと全体を見ながら積み上げていくことで、フーガの最後で実はすばらしい建造物が出来上がっているというわけだ。
ハーモニーを見ること、構成を考えることが何の役に立つのか。それは紙の上の音の連なりから、いったいどこに向かって、どこで閉じているのか、文章のどこが強調されているのか、という道筋をみることができる。つまり音楽に道筋を与え、命を与え、平面から立体的にするのだ。
和音を分析すること、それだけが大切なのではなく、それを通していかに音楽を説得力があり、自然であり、作曲家の求めたものに忠実に表現できるかが大切なのだと思う。
テクニックを勉強することが大切なのではなく、そのテクニックを通していかに自分の求める音に近づけられるかが大切・・・それと同じだ。
すべては音楽のためにある。
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日常、遭遇したこと、思ったこと・・・を飾らず気ままに書いて行きたいと思います。