なぜ必要なの?(おまけ) 音楽以外の勉強・・数学、国語、地理・・など。

私は大学で音大に行くまでは普通の学校に通ってきた。思春期の私は、ときどき
――なんでこんな授業を受ける必要があるのかなあー。
とぶーたれながら授業を受けていた時期もあった。音楽やるのに、なぜ物理?なぜ哲学??
数学が好きだった私は、証明の授業とか、確率とか、熱心に勉強してきたし、物理や化学も大好きだった。歴史関係は全然覚えられず、大の苦手だったけど・・・。
でも、今となっては円周率すら忘れ、面積の出し方も完璧に忘れた。忘れるのも、ものすごく早いのだ、私は。( ̄^ ̄) エッヘン
どうせ忘れるなら、その勉強は無駄だったのだろうか。面積の出し方を覚えたところで、人生に役立たないのだろうか。
それは違う・・・・その一生懸命やってきた時間は、思考力や、客観的な物の見方、応用力など、人間として生きていく上で必要なものを養ってくれていたのだ。おさない私はそんなことに、学校を出て、だいぶ後になって気が付いた。
もっとちゃんとやっておくんだった・・・(‘〇’ 😉
人生に無駄なものなど一つもない。自分がするすべてに全力を注いでほしい。
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なぜ必要なの?(3) 構成を考えること

前回までに書いたようにハーモニーを知ることは大切だ。ただ、気を付けなければいけないのは、ここがドミナント、ここが1度になっている、ということだけを知っていても音楽という言葉は語れないということだ。同じように、ここが何調、ここで違う調に行っていると転調箇所がわかっていただけでは音楽にならないのだ。ここをしっかり理解しなければいけない。
和声の勉強と音楽を決して切り離してはいけない。
いったいどうして和声がわかっているだけや、転調がわかっているだけでは音楽にならないのだろうか。
これも言葉でたとえてみよう。たとえば、誰かに物語を話してきかせてもらっているとする。まえがきがあり、そこから主人公が現れ、ほかの登場人物が加わる。でも、問題はそこから先だ。各登場人物が、それぞれ自分のしたいことをし、自分の話だけ語っていったところで、変化はあるかもしれないが話としてなりたたない。
転調やハーモに変化、それらの『何かが起きている場所』を見つけた後はそれを一つの作品として組み込まなければいけない。そのためには、絵を書くように一歩離れ、ピアノからもついでに離れ、全体を見る必要がある。きれいなお花、きれいな家、きれいな木、きれいな山を描いても、それがバランスよく互いを支え合っていないと一つの絵にはならないだろう。どれをメインにし、それを引き立てるために、ほかのものはどういう位置づけにしたらよいのか、それをピアノから離れてみていくことも大切だ。
そうじゃないと、たとえばバッハのフーガなどは、主題の場所はしっかりわかっていても、そればっかり出したところでテーマは聴こえつつ、とめどなく転調を繰り返し、終わってみたら何も構築されていなかったという演奏になってしまう。フーガというものは、一声から始まり、ハーモニーの変化を通りながら、レンガを一つずつ積み重ねていくように構築していく建造物なのだ。ハーモニーと全体を見ながら積み上げていくことで、フーガの最後で実はすばらしい建造物が出来上がっているというわけだ。
ハーモニーを見ること、構成を考えることが何の役に立つのか。それは紙の上の音の連なりから、いったいどこに向かって、どこで閉じているのか、文章のどこが強調されているのか、という道筋をみることができる。つまり音楽に道筋を与え、命を与え、平面から立体的にするのだ。
和音を分析すること、それだけが大切なのではなく、それを通していかに音楽を説得力があり、自然であり、作曲家の求めたものに忠実に表現できるかが大切なのだと思う。
テクニックを勉強することが大切なのではなく、そのテクニックを通していかに自分の求める音に近づけられるかが大切・・・それと同じだ。
すべては音楽のためにある。
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なぜ必要なの?  その② ハーモニーを知ること ~前回の続き

たとえばこの曲:
Chopin Op9-2Edit.jpg
右手のメロディーだけをみていたら、曲がシーソーとはじまった時、ソにやや向かったあとは、ファソファミの方へすっーと降りてくるのが自然だろう。
でも左手の赤で丸をした和音を見てみると、この和音は、この曲の主調である変ホ長調からみると、ちょっと変わった和音だ。だからこそ臨時記号がついている。(おまけ:臨時記号は文字通り”臨時”になにか起きる時に付くので、ハーモニーや転調を探すときのサインになることも多い。)
この赤丸の音が何かが起きた場所だ、とわかったあと、これをどのように用いるか、どんなイメージをするかは、ある程度は演奏者の自由だと思う。でも何らかの形でこの一風変わった和音の箇所に音楽的な緊張が生まれないといけない。それが作曲家が私たちにハーモニーを通して示したサインだからだ。ここのケースでいえば、右手の伸びているソの音に続くファソの音のところで、まだ緊張を緩めないでくださいね、と赤丸の和音が示してくれていることになる。
同じようにその先の青い丸。青い丸の直前にはヘ短調の5度(属七)の和音がある。本来は五度から普通に1度になって閉じるのがルールだが、その前に、ワンバウンドするかのように、この青丸の和音を挟んでいる。さっきも書いたように、このワンバウンドにどんなイメージをするか、たとえば『何か自分に説得するようにうなずくような感じ』とか『ちょっと訴えるような感じ』とか・・どう解釈するかは演奏者の自由である部分も大きい。(自由と言っても前の記事に書いたように、ショパンはショパンでなければいけないので、その中での”自由”だけど。)ただ、この和音が音楽的に何かを色づけていなければいけないことには変わりない。
それが音楽にあらわれていないと、いくら和音がわかっていても、先生に ”ここは何の和音?”と質問されることになるのだ。つまり先生は、ハーモニーを確認したくて質問しているわけではなく、音楽として現れていませんよ、というメッセージを送っているわけだ。
ハーモニーは音楽の道しるべでもあり、特別な和音がある時などは、作曲家が音楽的に何かを求めているサインでもある。それを知るために、ハーモニーを見ることはとても大切になる。でも、ハーモニーをみれば充分なのだろうか…?
(続く)
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なぜ必要なの?  その② ハーモニーを知ること

最近はよく、ハーモニーは?という質問を耳にすることが多いのか、楽譜にV, I、IIなどと細かく書き込んである楽譜や、ここのハーモニーは?と聞くと、属七、などスムーズに答えられる生徒さんを目にすることも多くなった。
でも、ふと考えてみて欲しい。ハーモニーがちゃんとわかっているのに、なぜレッスンで先生に、ここのハーモニーは何? と質問されたのだろうか。
そもそも、演奏するうえでどうしてハーモニーを知る必要があるのだろうか。
____________
音楽は 「音で語りかける言葉」だ。言葉と同じように、
-文章のはじめや終わりがあり、
-文法と同じようにルールがあり、
-抑揚がある。
だから
-呼吸も必要だ。
私たちが日常で言葉を話すとき、生まれた時からの積み重ねで、ちょっとした文章なら、
さっと目にすればどのように抑揚をつけてしゃべったら良いかわかる。
『今日学校に行くとき、近所の人に会いました。』
こんな文章は、大体の場合、見てすぐ普通に抑揚をつけてしゃべることができるだろう。もちろん例外的に、
ある単語を強調して話さなければならない時は別だけど。
でも少し知っている程度の外国語だったらどうだろう。ちょっと考えて頭で文章を作り、頭の中でイントネーションを考えつつ話すだろう。
西洋音楽は私たちにとって外国語だ。だから、最初はハーモニーがわからなくても恥ずかしくなんてない。でも外国語と同じく
1つずつ丁寧に学ぶ必要がある。その時、音でできた一つの文章をどんな抑揚で語ったら良いのか、
それを考える時に、ハーモニーというものがその目印になる。
(続く)
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なぜ必要なの?  その① 音楽を聴くこと  ~前回の続き~

前回のブログで脱線ということを書いた。でも実はただ脱線というだけではすまされない。
たとえば、私をよく知らない誰かが、もし
りかこさんって、ふりふりのレースが付いた、かわいい洋服とか似合う人なのかなあ (゜.゜)
と聞いたら、私を知るみんなのリアクションは
 
” ( ̄w ̄) ぷっ”
であろう。
これを読みながらうなずいたア・ナ・タ、

失礼だ。(-o-)(-o-)(-o-)

ま、確かにその通りだけど…………..( _ _)σ
でも私に会ったことがない人は、私のことをそう想像することだって可能なわけだ。
音楽もそうで、何も知らなければ、ドビュッシーをブラームスのように澄まして弾けてしまったり、ショパンがリストになっていたりという、結果として『ぷっ』と笑われてしまうような間違いをしていることになる。
実際、日常では”恥ずかしい”と感じるこのような”勘違い”も、音楽では平気で恥ずかしい演奏をやってしまっていることになるのだ。
恥ずかしいだけではなく、私たち音楽家は、作曲家に対して責任があることも忘れてはいけない。
ドビュッシーとブラームスはまだ遠いとしても、
ハイドンとモーツァルト
プロコフィエフとバルトーク
ドビュッシーとラヴェル
などを弾き分けられるかというと、少し難しくなってくるだろう。
これらの違いは、ことばで説明するよりも、身体で感じるのが一番。だからこそ、たくさん聴くことが必要になるのだ。
知らないということは、時に恐ろしい。
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なぜ必要なの?  その① 音楽を聴くこと

小さいころから、”たくさん音楽を聴きなさい”という言葉を耳にする。でもいったいなぜだろう?
曲をたくさん知ったほうが良いから? もちろんそれもあるかもしれない。ありがたいことに人生ですべて学べないほど山のように音楽作品はあるから、たくさん聴いて触れるのも良いだろう。
でも、それだけではないと私は思う。
もし誰かに良く知っている身近な友達や家族について、OOさんってどんな人?と聞かれたとしよう。たとえば、あなたのお父さんどんな人?とか。
静かだけど厳しい。面白いけどせっかち。あるいは
真面目なようで実はひょーきん。(←うちのとーちゃんの場合)
など、少し考えたら言葉にできることがいくつかあるだろう。
でも、学校や仕事場で時々すれ違う程度のひとについて、
OOさんどんな人?と言われたら、背が高くて細い、とかメガネかけて賢そうとか・・・表面的なあたりさわりのないことしか答えられない。
なぜかというと、特にその人と面と向かって話し込んだことなどなくても、身近で何度も時間を共にしていると、その人間性や考え方、その人の傾向などがいつの間にか浸透していくからだ。
音楽も同じ。同じ作曲家でもたくさんの音楽に触れておくと、その人の言語、傾向、色、息遣い・・が見えてくる。100%とはいわなくても、傾向が見えてくる。そうすれば、ベートーヴェンをリストのように弾いたり、ラヴェルをショパンのように弾いたりという”脱線”も免れられる。
続く
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ベルリンの醍醐味

ベルリンは、中心部から少し離れるだけで森や湖の大自然に触れることができる。
今日はDと自転車で過ごした2-3時間の素晴らしいコースをご紹介したい。
ベルリン中心部から車で30分北の方へ走らせると、HeiligenSee(ハイリゲンゼー)という湖がある。
今回は車に折り畳み自転車2台を積みHeiligenSee方面へ移動。
そこで自転車に乗り換えた。
車を止めたあたり一帯は住宅街という感じだが、そこから南方面へAlt Heiligen Seeという通りを数分を進むと、
次第に視界にHavel(ハーフェル)川という雄大な川が悠然と現れ、
川沿いには自転車で走行可能な土むき出しの素敵な小道が続いていた。
____
川の美しさや紅葉に感動しながら進むこと数キロ、ベンチで少し休憩。そこでDが
・・・川の向こう側に渡って一周したいねえ・・(‘-‘)
と言い出した。でもその川はものすごく大きく、長く、見渡す限りでは橋など見当たらない。
どこかに橋があるかもしれないから、もう少し行ってみよっか、
と走り出したところに、なんだか鉄の大きな台みたいなものが川の上にあり、
車数台とバイク、自転車の人が数人が乗っている。
私:あれ?これなんだろうと言いながらその台に乗った途端、バーがしまり、私たちを乗せた鉄の台が向こう岸に向かってゆっくりと動き始めた。
私&D: すーごーくーなーい?( `―´)ノ 
 
そう!!私たちが乗った台は、渡し舟だったのだ!
その渡し舟がこれ↓(写真をクリック!)
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よーくみると満足げな仁王立ちのDが。↓(写真をクリック!)
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上の写真にある車が見ている方向が渡し舟(渡し台?)の進んでいる方向。
渡し舟からその反対側を見るとこんな感じ↓(写真をクリック!)
IMG_1336mini.jpg
さっきの岸が遠のいていく。
渡っている途中の景色はこれ↓(写真をクリック!)
IMG_1332mini.jpg
いやあ、すごい!息をのむ美しさ・・・。最高♪
感動している間にあっという間に向こう岸に到着。降りようとしたらお兄ちゃんが近づいてきて、
はい、2ユーロね。(~o~)
あ、そうだよね。有料だよね、そりゃ。というわけで一人あたり1ユーロお支払い。(・_・)
____
そして反対岸をまた自転車にまたがって川に沿って北上し始めた。森と湖。大自然。おもわずベルリンにいることを忘れそうになった。(写真をクリック!)
IMG_1338mini.jpg
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途中Dが、
ねえ、デンマークまで自転車道が続いてるらしいよ♪ (*^_^*)
という。看板があったらしく、それによるとこの自転車道を600キロ以上走るとコペンハーゲンだとか。
すごーい、ヨーロッパって地続きの大陸だぁ~と
あらためて実感。(・o・)
(*といってももちろん途中、渡し舟はあります)
途中こんなお客さんも、遊歩道を散歩中。↓(写真をクリック!)
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ちなみに、今回私たちを運んでくれた折り畳み自転車。↓(写真をクリック!)
IMG_1329mini.jpg
お疲れ様でした♪ 家から往復3時間で、こんな気分転換ができるなんて、ベルリン最高♪
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