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ぴっかぴか?

とある飛行機で日本へ飛んだ時、アメニティーセットの小さなバックが配られた。快適に旅を過ごせるよう、ちょっとした気の利いたものが入っている。
アイマスク、耳栓、靴下、歯ブラシセット、櫛・・などなど。
機内での食事の後、Dが歯を磨きにお手洗いに行ったので、私も彼が戻ってきたら行こうと、私のアメニティーセットから歯ブラシと歯磨き粉を取り出そうとしたところ、歯磨き粉の小さな小さなチューブ(本当に小さい!)がぽろっと滑り落ちて椅子の下に入り込んでしまった。
私:あ・・(+_+)
ドジである。
そんなところへDが戻ってきた。
私:ねえ、歯磨き粉落としちゃったから、あなたの残り使って良い?
D:もちろんいいよ。
差し出されたアメニティセットの中をあさり、今度は落とさないようにと、小さな歯磨きチューブを取り出した。
私:あれ?これ新品だよ。開けてないみたいだけど?
D :(チューブを見て) あ、ぼくはこれじゃなくてもう1つ入ってた歯磨き粉を使ったよ。
私:(¨ )?? もう1つ?
1つのアメニティーに、歯磨き粉を2種類も入れてくれるほどサービスあるだろうか??
もう1つってどれ??
D :これ。
と差し出したものは、なんとこれ・・・
Cream.jpg
しわ予防、艶出しクリーム、と書いてある。
いわゆる保湿剤というか乳液というか・・・顔に塗るクリームだ。
私:ねぇ、もしやこれで歯を磨いたの?((( ̄( ̄( ̄( ̄― ̄) ̄) ̄) ̄)))フッ
D: ( ; ゜o゜)ハッ
そして・・・・・
D : ( ̄―☆キラリーン
と輝いた前歯を、ニッ とみせてくれた。
PS.おそらく同じ間違いをした人がいたに違いない。最近乗った時には、歯ブラシに小さい歯磨き粉がテープでくくりつけてあり、艶出しクリームは別に入っていた・・・(*^_^*)
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私の声っていったい・・・

私の持つ携帯にSiriという機能がある。マイクに向かってしゃべると、その言葉を認識して文字に変えてくれるってやつだ。指で打たなくても、しゃべったことが文字になるなんて、なーんて素敵な時代♪
と、思いきや。
私の声は、認識されづらいらしい。マイクに向かって何かをしゃべっても、
認識マシーンは、くるくると“検索”中であるマークが回り続け、
いっこうに変換されない。待ちきれず、もう一回ゆっくり話しかけてみる。
シーン
無理らしい。(-o-)
そして気が付けば、東京駅八重洲口!!!(←単に例文です・・)
などと、どうでもよい検索語を超大声で叫んでいる自分がいる。
あほである。
自分で打った方がよほど早い。
先日は、
「パスカルにメールする」
という文章を言ってみた。というのもDが“ジャックにメールする”、とSIRIに話しかけると、その機械がなーんと
“どのジャックさんにメールしますか?”
と返事をしてきて、ジャックさんという名前のメールアドレスをいくつか表示したのだ。“すご技”である。
・・・・・東京駅八重洲口と叫んでいる私は何なのか。・・・・・(-o-)
というわけでくやしいから、機械に向けて
私:「パスカルにメールする♪」
と言ってみたところ
機械:「バカ というひとは見つかりませんでした」
と返事しやがった。パスカル→バカ と聞き取ったらしい。
これは今回始まったことではない。実家の車のナビゲーション。もうおそらく5-6年は前だと思うが、そのナビゲーションに話しかけたことがある。事前に登録しておいた場所をマイクに向かって言えば、そこを目的地に設定してくれるのである。そのナビは、話しかけた言葉をいったん復唱し、それから探すというシステム。
その日、私は自宅に帰りたかったため、マイクに向かって
自宅
といった。するとナビは
オ・サ・ル♪
と答えおった。どうにかしてくれ。

夏の講習会で、今年もたくさんの若い演奏家たちと勉強をさせてもらった。
講習会というのは、普段のベルリンでのレッスンとは少し違う。というのも、講習会や公開レッスンなどは、1回、あるいは数回一緒に時間を過ごすだけで、その後一生会うことのない人もほとんどだと言える。普段にも増して、短い期間で私の思うことを的確に伝え、それを正しい意味で理解をして講習会を後にしてもらうことが私の責任だ。
生徒さんの表情をみながら、与えられた時間の中で同じことをいろんな手段で伝えてみる。言葉を変え、例えを変え、弾いてみたり、質問してみたり・・何かの形でその人の心に響かなければ、表面上直っても、また元に戻ってしまう危険があるから。
最近感じることは、
何かうまくいかない、何かがまずい・・・
とまでは感じている人は多いのだけど、その理由やどうやってこれからそれを解決していくかの手段を、
探している“つもり”
になってしまっている人が多いこと。こういうキャラクターで弾きたいんです。こういう音がほしいな、と思ってるんです。いろいろCDも聴いてみたし・・・。あるいは、ここは何度の和音で、ここは何調になっていて・・・と分析したことを楽譜に書き込む。
それらは、もちろん本当に必要なこと。でも怖いのは、それだけで満足してしまうこと。
理想が知らず知らずと下がってしまうことの恐ろしさだ。
今の時代、ありがたいことに演奏会やコンクールの機会を与えてもらえることが多い。そこから学ぶことは多いと思う。でも同時に、今自分に求められていることにじっくりと向き合って探すという時間をとらず、後回しにしてしまっている人がとても多いのは見ていて苦しい。
それは<時間がない>のではなく、<時間をとろうとしていない>だけのことだということは真摯に受け止めてほしい。
努力に終わりなどないはず。
じっくり、丁寧に・・・。
周りに流されず、自分にとって今必要なことに時間をかける勇気を忘れないでほしいと思う。
積み木を組み立てるのと同じ。最初をしっかりと作ることの大切さがどういうことなのか。一段目が斜めになっていることは気になりながらも、そこから目をそらして長年かけ積み上げた続けた積み木。その行く末を想像すれば、その恐ろしさは簡単にわかるだろう。
そんな思いから日本でもプライベートレッスンシリーズを始めて7年になる。この秋もまた11名からたくさんのことを学ばせてもらうことになっている。
私の人生で出会うことのできる生徒さんの数は限られているけれど、一人でも多くの音楽家の心に、今必要とされていることから目をそらさないことの大切さを伝えたい。
それは音楽に限らず、生きていく上で必要なことだと思うから。
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ハチたたき?

ふらふらっとベルリンでカフェに入り、テイクアウトのコーヒーを注文した。そのカフェにはおいしそうなケーキがたくさん陳列してある。注文を受けるお姉さんはドイツ人。背がすらっと高く、口角がきゅっと上がって、女性から見てもチャーミングな方だ。
私:コーヒー持ち帰りでお願いします。
店員:はい、わかりました。
私に背を向けてコーヒーを準備する間、一匹のハチがブーンと入ってきて、私の周りを飛び回る。軽くお財布で払っているところに、店員さんが振り返った。
お金を払い、コーヒーが入るのを待つ。その間、またさっきのハチが私の手元を飛び回った。
その様子を見た彼女がふとケーキが陳列してあるショーケースの向こう側から、こちらをむいてそーっと何かを持ちだそうとしている。何が出て来るのか、と思うとなんだかプラスチック製のテニスラケットのようにみえる。テニスラケットよりやや小さめだ。
ラケットを両手で握り、その手元にあるボタン?を少し気にしながら、彼女はゆっくりと振りかぶった。
私:え?たたくの???
思わず私が質問すると、
店:そう♡
かわいい顔をして、ハチをたたくという。でも命中しなかったら反撃が危ないと思い、
私:ねえ、それ危険じゃない?
と聞くと
店:私は大丈夫、ハチさんにとっては、ちょこっと危険だけどネ ♡
という。
店:かわいそうだけど、ちょっとショックがあるだけよ (^_-)—☆Wink ♡♡♡
かわいい顔をして、発言が残酷である。
そこでふと思いついた。
私:え、もしかしてそれ、電気ショック??
店:(*^_^*) そうよ♡  だってケーキがあるんだもん。私はケーキを守らなきゃいけないの。
とラケットを持って消えて行った。
電気ショックの<ハチたたき>なるもの、あるんですねえ。
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来客

我が家に昨晩から来客がある。呼んでもないのに昨日は1名、今日は20名ぐらいである。
それは
アリ一族。
むむ、ここに住んで長くなるが、これまで一度も現れたことがないうえ、しかも2階まで。ごくろうである。
そういえば、昔、実家にも現れた。台所にいるぞ、という家族の声をたよりに見るといるいる・・。アリ世界は秩序が正しい、と聞いたことがあったので、どうなのか見てみると
めっちゃ正しい。(-_-#)
台所から玄関まで、それはそれは見事に一列にきーーーっちりと並んで、大行進をしていた。ものすごい数だった。本当に一列に整列していて、隙間なく縦に並び、時折、何匹かは頭の上に荷物を抱えて歩いている。まさにアニメの世界だ。
と感心しているわけにはいかず、その先頭と後方にスプレーをまき、我が家からは退散してもらったのだが。
そういうわけで、ドイツのあり社会はどうかと思ってみているが、今のところ秩序は
ばっらばら (-o-)
である。好き放題歩いて物色している。腹立たしい。
早速アリ退治スプレーを買い、“登場”口にまかせてもらった。
どうなるかな・・・

こうして始まる

先日、とある駅でエスカレーターに乗っていた時のこと。右側を、親子が勢いよく追い抜いて行った。子供はまだ5~6歳。ピアノの発表会の後らしく、かわいらしいドレスを着ている。その前を、母親が猛烈な勢いでエスカレーターを階段のように歩いて上がっていき、その子がすぐ後ろを急いでついていく。
ちょうど私の横を通過した時に、その大きな声の会話は聞こえた。
母:お母さんはあなたが“ひとつ外した”のを聴き逃さなかったからね!
フンッ。(`^´)
子:だって両手で弾くところだったんだも~ん!<`ヘ´>
私:ひぃぃ……….(・へ・”)
ひょえー。最近の親はこわいですねぇ。
おそらく発表会の帰りでしょう。それにしても、
“ひとつ”はずした・・・ってあなた・・・・・。人間は機械ではありませぬ。(^_^;)
”聴き逃さなかった“ わよだって。おっそろしぃ・・・。\(゜ロ\)(/ロ゜)/
まあ、<両手で弾くところだったんだもん>と食って掛かる子供も子供だが。
この話をDにしたところ、ひとこと、こう、のたもうた。
こうしてその子の悲劇は始まる・・・ 

今やるべきこと

私はレッスンをさせていただくとき、1つ心掛けていることがある。それは、
その生徒さんにとって“今”必要なことを伝えること。
目先の目標があることはとても大切なことだ。でもそのせいで決して後回しにしてはいけないのは
<今やるべきこと>
テクニックを見直したり、音楽の意味を考え直したり・・・私が伝える内容はもちろん人によって違う。
それが何であれ<今>やるべきこと、を伝えたい。
誰でも自分の核心に目を向け、何かを根本から変えようとするということは、相当の時間と労力と忍耐力、そして何よりも大きな勇気が必要となる。
やらなきゃなぁ、とは思ってはいても、実際は日々に追われ、その時間を取る勇気を持たず、時間ばかりが過ぎてしまうケースを目にするのは本当にもどかしい。でも私が代わりに動き出すことはできない。
指の使い方、楽器について知ること、練習の仕方など基礎を見直すことを勧めることも頻繁にある。そんな話をすると、恥ずかしそうにする生徒さんがいる。でも大切なことを覚えておいてほしい。
基礎に目を向けることは、決して初歩に戻る事じゃない。心臓部に目を向けるだけのこと。

本物に近づくには避けて通れないことなのだ。恥ずかしくも何でもない。
だから、とてもレベルの高い人にでも、もう一度基礎を見直してほしいと伝えることが多々ある。
なかなか動いてくれないことも多いけど、私と過ごす時間がある限り、伝え続けてみたいと思っている。
今やるべきことに目を向けることの大切さを身に染みて感じて生きてきたから。
たった1つの音階を本当に美しく演奏できる人はどれだけいるのだろうか。
本物は尊くて、とても遠い・・・だから美しいし、追い続けるのかもしれない。
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本日のちゃりばぁ

久々にこのテーマ。
(ちゃりばぁを知らない方は、2011年10月3日号のブログをご覧くださいませ・・・。)
ふっ、ふっ、ふ・・・(^’^)
いましたぞ、新種“ちゃりばぁ”が。
舞台は、キムチが香るあの国。この日は、私の隣に“ようじ”を口にはさんで演奏会を聴き続ける、“ようジィ” というお初のおじさんがいた日でもあった。
この日のお客さんは、派手好き。派手な曲となるとみんな大喜び。曲の最後に向けてテンポが速くなっていく曲などは、みんな発狂してしまうのではないかというほどのノリであった。
その中にポツンといたその女性。
ちゃりルールに外れず、曲が中間部に差し掛かり、お客さんもシーンと静まったところで、活動開始である。
チ・・・チ・・・チチ・・
チチ・・・チ・・・
・・チリチリ・・・・・ちゃり・・・
チャチャチャ・・・・。
非常にお上品なのか、1つのアメの登場まで、ものすごぉく時間がかかり、
その紙の開き方といったら、半端なく丁寧である。
そして数分。
ようやく彼女はアメをゲット!本人もまわりも、ある意味“至福”の瞬間である。
と・こ・ろ・が・・
この方は普通のちゃりばあではない!!
アメを口に入れて数十秒後・・周りがほっとするのも束の間、
チャ、チャチャ、チチチチチ・・・
なんと、紙を折りたたみ始めたではありませんか!!!!
\(゜ロ\)(/ロ゜)/
そう、彼女は
“律儀(りちぎ)ちゃりばあ”
だったのです。
律儀ちゃりばあの教え:開いた物は、閉じる。
うーむ、まだまだ世の中には新種がいそうな気がする。
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祝2012!

あけましておめでとうございます!
私が人生を共に歩むことになった音楽というものと向き合い、
その真の意味を模索しながら、今年も前を向いて歩みたいと思います。
今年もよろしくお願いいたします。
村田理夏子