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ベルリンのクリスマス?

とあるクリスマス直前、Dとベルリンの街を歩いていたら、後ろから車道に白バイ数台がピカピカ光らせながら私たちを抜かしていき、前の方に走っている車の前に回りこみ、強引に徐行運転をし始めた。当然白バイの後ろに続く車も徐行を余儀なくされ、年末の車の多い時期でもあったため徐々に渋滞が始まった。そのうちそれらの車を道路脇に寄せ、大通りの真ん中を開けさせている。
なんか物々しい感じがして
偉い人が乗った車でも通るんじゃない?(¨ )
と足を止め後ろを見ると、遠くから何かが近づいてきた。
それはこれ。(↓クリックすると大きくなります)
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なんとおびただしい数のバイクの車列!!しかも全員サンタ風の服を着ている!!
アップにするとこれ!
Noel2.jpg
結構ギンギンだ。
そしてサンタバイクは続く続く・・・100台どころではなかったと思う。
微笑ましい車列に思わず笑みが出たものの、このために大通りを通行止めにするベルリンとは・・・。
そして何よりバイクを運転していた数百人はいったい誰なのか・・・
わからないままである。そして奴らは去って行った・・・
Noel3.jpg
したいことをする!自由自在のベルリン♪万歳!(*^_^*) 
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思うこと

世間で騒がれているニュースと最近身の回りに起きたこと。たまたま重なったそんなことから、いろいろと考えさせられる日々を送っている。
ありがとう、ごめんなさい。この二つは、もっとも簡単で最も難しい言葉なのかなとあらためて感じる。ありがとうの一言で、お礼を言われる側にとっては、相手はちゃんと自分を見ていてくれたんだ、と感じて心あたたまるだろうし、ごめんなさいの一言が、傷つけられてしまった側にとっては、相手はちゃんと自分の傷を見、思っていてくれたんだと感じさせてもらうことにつながる。
悪気がなかったのだから、などという言葉を耳にすることがある。確かにそうかもしれない。本当は”良い人”が”悪気なく”やってしまう行為もある。むしろそういうことが多いかもしれない。でも悪気がなかったかどうかを論争している時点で、何か忘れ物をしていないだろうか。
理由がどうであれ、事情が何であれ、もしも周りに傷ついてしまった人が生まれたのであれば、それはやはり他人を傷つけたわけだ。どんな時でも相手がいること、相手へのRespectを絶対に忘れてはいけない。
もうすぐ2台ピアノの演奏会をさせていただく。予定されていたBartokの2台ピアノと打楽器のためのソナタが急きょ演奏されないことになった。突然浮上した『打楽器運送費が予算オーバー』という話。そのために曲を変えて欲しいと連絡を受けたのはつい数日前。
まさに寝耳に水のこの事態に、まっさきに私とDevoyonの頭に浮かんだのはBartokを楽しみにしてくださっているお客様のことだった。何とか打開策をと必死になった。決断を急がれるので、打楽器奏者、主催者に夜中まで電話とメールでの打開策探しを試みた。こういう手段はないか、ああいう手段はどうかとDevoyonと何度も何度も、文字通り一日中必死で考えぬいた。こういう時、
主催者、打楽器奏者、私たちという3角形が”一つの方向”を見据えて考えて協力して動かない限り解決の扉は開かない。主催者と打楽器奏者の間に何があったのかわからないが、
今見るべきその1つの方向とは
『自分』ではないはずだ。
残念なことに1枚の扉は電話に一切出ることはなく、メールで一方的にキャンセルの意向ばかりを告げてくるという開かずの扉となってしまった。
そして私たちの心の奥底にチクッと痛みが走った。
開かずの扉はいつかそのドアを開く時、何か感じてくれるのだろうか。

色(2)

前回の色についての続き。
では、音楽でいう色とは何か・・・
それは音が持つ【表情】だ。
生徒の話に戻ると、暗いとか明るい、暖かい音、冷たい音…そんな、レッスンでよく耳にする言葉の意味をじっくりと考察することに欠けていると感じた。暖かくと言われたら、『暖かく』と楽譜に書いてなんとなくそんな音を出して通り過ぎる、そういうケースを本当に多々耳にする。きっとまだ ”探す”ことの面白さが見いだせていないのだろう。
私:あのね、例えばこの音
–といって私が 「ド 」と1音鳴らす–
私:この「ド」は何色だと思う? 
実はね、何の色でもない(!)んだよ。
言い方を変えれば、一音だけこうやって弾いても
明るくも暗くも、幸せにも痛みにもなり得るっていうこと。
生徒:ポカーン~(・・?)  (地蔵、凍る・・・の巻。)
私:例えばね、少し前にすっごくハツラツとした音楽があって、その後にポツンと今の『ド』が来たら、悲しげに聞こえるかもしれない。 あるいは、すっごい緊張した音楽が前にあったら、ホッとして聴こえるかもしれない。つまり、前や後ろとの関連でも音の色は変わる。だから、その音だけ練り回して練習すれば良いとは限らないのはわかるよね? 
ここで冷凍地蔵だった生徒は、解凍地蔵ぐらいには戻ってきた感じである。
今の話は
色=表情 その①
『前後の音楽と比較して表情を生むケース』
である。 
(続く)
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色 (1)

音楽でよく、もっと色を!と言われることがある。私も生徒によく使う言葉だが、「はい」と言って弾き直す生徒の演奏に色の変化が見られないことも多い。一番気になるのは、弾き直した後に変化していないことに気がつかないことだ。
生徒の頭の中で、音楽で言う「色」とは何なのか漠然としている気がしたので、尋ねてみた。
私:ねえ、音楽で言う色って何だろうね?
生徒:え?………(・_・;)  具体的な色ですか?
私:(質問の意味が良くわからず)それでも良いから言ってみて。
生徒:ここはオレンジ。
私:σ(^_^;) あは・・・・
私:でもさあ、オレンジと思っても聴いている人にオレンジって伝わらないよねえ。
生徒:うーん、じゃあ色とは感情のことですか?
私:というと?(お、近づいてきたぞ)
生徒:悲しいとか、嬉しいとか、暗いとか……
私:さっきのオレンジと一緒でイメージを持つことは素晴らしいんだけど、問題はそれを音で伝えることだよね。その感情はどうやって音で伝えるの?
生徒: ……(¨ )
生徒、ここで『地蔵化』である。
*地蔵化とは、村田用語で ”容量を超えて思考回路が止まってしまった状態” をいう。
もちろんイメージを持って目指すものを心に描くのは大事だけど、具体的な手段というものを探すこと、これが練習する時の楽しみでもあり、面白味でもあり、かつ必要なことだ。残念なことに音というものや響きの追求に本当の意味で時間をじっくりとかける生徒が少ないのはとても残念だ。心に訴えるのは音そのものなのに。
イメージを強く持った後、顔をしかめてみたり、身体をねじるように悶えて見たり、天を見上げて見たり……それはダメとは言わないが、そうすることで音になっていない表情をカバーしているつもりになってはいけない。
先日クラウス ヘルビッヒ先生の公開レッスンを拝聴した時、こんなことをおっしゃっていた。
「私たち演奏家はもちろん役者の要素も持っていないといけない。でもそれは音、つまり聴覚的な面での役者(つまり音で魅せる)であって、視覚的な効果はそんなにいらない」と。
続く
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演奏会のお知らせ@Berlin

私たちDUOにとって、全身全霊を込めて目下準備へと向かっている何としても聴いていただきたい!プログラムが生まれました。
みなさんとホールで音楽を共有できたら幸せです。
よろしくお願いいたします。
日時:2014年2月20日、21日(2公演)
場所:ベルリン芸術大学 Joseph- Joachim-Konzertsaal, Bundesallee 1 – 12 Berlin-Wilmersdorf
プログラム:
Poulenc:Sonata for 2 pianos/プーランク 2台ピアノのためのソナタ
Bartok:Sonata for 2 pianos and percussions/バルトーク 2台ピアノと打楽器のためのソナタ

Brahms:Sonata for 2 pianos /ブラームス 2台ピアノのためのソナタ
Piano :Rikako Murata. Pascal Devoyon
Percussions: Sarah Mahmoud、Adrian Schmidt
予約必須です!
www.hindemithberlin.de/event.html
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幸せ者

先日、何か静かだなと思ってふとパパに目をやると、なぜか自分の両手の甲をじーっと見つめていた。片方の手の甲を少し電気にかざすように上にあげては首をかしげ、もう片方を光にすかすようにしては、また両手の甲を見比べたり。あまりに長いことやってるので、何か気になることでもあるのかなあと思い、
どうかしたの?
と尋ねると
パパ:いやあ、我が手ながら、綺麗な手だなあと思って見とれていたんだよ。
ほら、綺麗な手だと思わないか?(~o~)
と言いおった。本当に見惚れていたらしい。
相変わらず幸せ者である。
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A happy new Year !

去年はいろんな出会いや別れがあった。それらを通して、
『私は本当に幸せ者だ』ということを再確認させてもらった気がする。
一言でいえば、文字通り”惜しみない”愛情を私に注いでくれる人に今までずっと囲まれていたということ、そして今も囲まれているのだということ。
それは家族であり、友達であり、生徒であり・・・。その人たちに恩返しをしたくても残念ながらもうできない人もいるけど、
私の使命は同じように私が出会うひとりひとりに、私のやり方で愛情を注ぐことなんだと気が付かされた。
でも、『私のやり方の愛情』だからね、生徒さん♪ 愛のムチって言葉もありますぞ。(゜―゜)ニヤリ
今年も頑張ろ♪
みなさん、よろしくお願いします!
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Dのあっぱれ漢字特訓

最近Dは漢字の勉強を始めた。外国人には「絵」のように見えてしまう漢字を覚えるのは、やはりそう簡単ではないようで、少しずつ少しずつ覚えて行く。
彼がインターネットで見つけた「漢字を覚えるソフト」は、その点なかなか良さそうだ。例えば私だったら、今日は数字を覚えるなどのテーマで
一、二、三、四、五……と勉強させそうになるが、そのソフトは、たとえば今日のテーマは口(くち)、となっていて、口が入った漢字を覚えさせて行く。 口、田、四、右……などなど。
そうすると覚えやすいらしい。
先日、女という漢字を覚える順番となり、これは難しいだろうなと思い、私が
ほら、女の人が足を組んだような色っぽい感じしない?( `―´)ノ
と言ったら、
おお!(゜-゜)
といって一気に覚えやがった。
「五」という漢字は縦の棒が上に飛び出してしまったり、「早」という字の上部の「日」がやたら大きくなり、足の短~~~い「早」
という字になってしまったりするくせに、「女」だけは、すごく綺麗に書く。
んー。(-o-)
で、「女」 と 「子」 という字を覚えた後、それを足すと 「好」 という字になるとわかると
おおおお!とこれまた漢字を覚える面白さが倍増したようだ。
男とはそんなもんである。
そんなある日、Dが日本の地下鉄に乗っていた時のこと。
理夏子、あそこに「女」という字がある!と嬉しそうに指差すが、その先に
その字が見当たらない。
あそこあそこ!というので、よーーくみると、
「安い」
と書いてあった。 確かにあるねぇ、「女」という字。覚えたてのその字だけが、Dには光って見えてるんだろうなあ。
そして今日もがんばっておられる。

ドゥヴァイヨンズ ヴィレッジ 第一回 Bコース

Aコースに続いて行なったのが、専門的に音楽を勉強された大人の方対象のグループレッスン。
5名の生徒を2名と3名のグループに分けて、このコースは私が全て担当して開催した。これまた本当に素晴らしい会になった。集まったのは全国津々浦々から。年齢も幅広い。
自分のテクニックに悩んでいたり、教えるあたって基礎を見直したかったり、いらしてくださった理由は様々ながら、社会に出てさまざまな経験をした後、誰にも強制されず、自分の意志でピアノというものに最終的に戻ってきた人たちばかり。それがなんといっても私にとって大きな魅力だ。
いやあ…それにしても個性的な5人が集まった。参加者の皆さん、お互いを見ていて、私は他の人より普通だなぁ、と感じていたら
「間違い」
です。全員見事に個性的でしたよ。笑
私は、各生徒さんにとって今必要だと感じたことに焦点を絞りながらも、5名ともそれぞれ違ったポイントを選ぶようにし、レッスンを聴いたあとは実は自分の教わったことだけではなくたくさんのポイントを学んでいたという流れを心がけた。みなさん他のグループも聴講してくれて、おかげでたくさんの音楽に出会えた模様。
何より嬉しかったのは、初日も二日目も、自然発生的に生徒さん同士でお茶に行ったりお昼を一緒に食べたりしていたらしき事。仲間を大切にすると、自分も幸せになれるはず。この会をきっかけに生徒さんたちの交流が続くなら、本当に嬉しい。かなり手ごたえの強かったBコースも、近いうちにぜひ開催したいと思っている。
みなさん、是非ドゥヴァイヨン ヴィレッジにお越しくださいませ。
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こちらからhttp://www.rikakomurata.com
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ドゥヴァイヨンズ ヴィレッジ 第一回 Aコースを開催して

私のサイト上 (www.rikakomurata.com)でご案内しているドゥヴァイヨンズ ヴィレッジを初めて開催してみた。手応えとしては、非常に!!興味深い時間だったと感じた。3名の学生に二日間(午後)集まってもらい、互いのレッスンを聴きながら一緒に考える。初日は私が、二日目はDevoyonが担当し、いろいろと生徒たちに質問を振りながら考えてもらい学んでいく。目的は今持ってきた曲を良くすることではなく、これから役に立つこと、これから一人で学んで行くことができるように、総合的に判断する知識と思考力を養ってもらうことだ。
音楽を楽しみながら学んで欲しいと思っているので、とにかく楽しく面白く、そして有意義な場にしたいと思っていた。最初は少し緊張が見られても割とすぐに打ち解け、生徒さんたちは笑顔が絶えず、突然降り注ぐ質問にも間違いを恐れず考え答えてくれ、その答えで終わりではなく、それを機に互いが試行錯誤する…そんなとても有意義な時間だった。彼らがすぐに集中し音楽に入って行くのが目に見えて、とても興味深かった。
終わった後で生徒が、これまでにこんなに頭を使って聴講したことはない、と笑っていたのが印象的だった。学ぶ材料はゴロゴロ転がっているのに、どうしても自分のレッスン以外から学ぶチャンスを漏らして行っている傾向にある今、仲間とともに学ぶ喜びを大切にしてもらえたらと思う。今回を参考に内容を検討して、次回の募集をしてみたい。
最終日の終わりにみんなでお茶をするという機会を設けたのだが、日曜の夕方はカフェも混んでる混んでる。そんな事情からその日は諦め、数日後に3人と待ち合わせてお茶をするという流れになった。数日あけて会う3人は、本当に表情がほぐれていて生き生きしていて、なんか家族が生まれたような気がほんの少しして、嬉しかった。
二日間を過ごして私が受けた印象は、生徒たちはそれぞれ考えながら勉強してはいるけれど、その考えがうまく総合的にまとまっていない気がした。深くそして建設的に考えられたら良いなという印象だ。情報も多い時代、その得た情報を自分で試行錯誤し、次に役立てられるよう応用できたら最高だ。そんな方法を学ぶ役にこのドゥヴァイヨンズ ヴィレッジが少しでも立てたら嬉しい限りだ。
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お知らせ!!
第2回 ドゥヴァイヨンズ ヴィレッジ間もなく募集開始します!
詳しくは私のサイト FromBerlinからどうぞ
http://www.rikakomurata.com
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