自分を知る、楽器を知る 最終回(7)  “ぬく”“緩める”という意味

鍵盤を“戻す”こと。これは、前回の“プラス方向”に送ったエネルギーを吸収すればできる。簡単に言うと、エネルギー(自然な重さ+速度)を送り込むのをやめれば、鍵盤は勝手に元の位置に戻ってくる。つまりは、緩めれば戻ってくる。スタッカートにしたければ、鍵盤を早くハンマーにあてて、すばやく戻せばよいわけだから、打鍵の後、“素早く抜けばよい”ということになる。
だから、短い音にしようと必死で上へ指や手をしゃくりあげる必要はない。
この“ゆるめる”ということ。誰もが耳にしていると思うこの言葉。場合によっては、“ぬく”と表現されているかもしれない。ピアノでいう緩める、抜くという状態は実際にはどういうことをいうのだろうか。このことが、本当の意味で正しく解釈されていないことが多いと、あらゆる場面で感じる。
<本当に緩めてしまったら、どうなるか>を考えてみると良いかもしれない。
たとえば、地面に立っているとする。力を入れずに<休め>の姿勢で立っているときをイメージしてみる。この時、すべて緩んでいるだろうか。もちろんそうではない。例えば、足首やひざは緩んでいない。緩めていたら、がくっと倒れてしまう。
ピアノも同じ。本当に手を緩めたら、手が手首からだらんと下がって幽霊みたいな状態になるし、腕を完全に緩めたら、ピアノの上にどたっと腕全部の重さがかかってしまう。
原則11)演奏中に、完全に緩めてしまうことはない。
では私たちが使っている“緩めて“という表現は、どういうことなのだろうか。
それは、”スタンバイ“ができているという状態のこと。次の音、次のポジションへ移動できるスタンバイ状態。
椅子やソファーににどてーっと座っている状態で、さぁ、今から走り出そうと思っても、体が準備できていない。走り出す前の状態、たとえばかけっこでスタートラインに立っているとき、体は固まっていないけれど、足やひざなど必要な部分は、意識が高まって移動できる状態にあるだろう。これと同じで、ピアノでも次に動ける状態というのを”緩める“と表現しているのだ。
原則12)ピアノでの“緩める”ということは、“スタンバイができている”ということ。
1つの音を弾いた後、その指を固めているわけではないが、その指を利用して次にどこにでも動けるスタンバイ状態を作れていないといけない。つまり、適度にしまっていて、同時に柔軟な状態とでもいえるだろうか。わかりやすい感覚としては、
椅子の上から地面に飛び降りた時の両足の状態かな。足を固めていたら着地の時にとても痛い。でもゆるめてしまっていたら足をくじいて倒れてしまう。ばねの利いた状態で、足で地面をとらえ、すぐに飛び降りたエネルギーを吸収している。指の適度にしまった柔軟さは、この足の感覚によく似ていると思う。
これは指だけに限らず、体もおなじ。理想の座り方の状態は、お尻の上にはしっかりと座っているけれど、上半身は、とても軽い状態なのだ。どてっと座っていては、エネルギーを指先に送ることができない。
これまで7回にわたってピアノと人間という二つの楽器について見てきた。ピアノを弾く時に、決してあの機械がああなって、ハンマーがこうなって・・などと考えながら弾いているわけではない。どんな時も、耳が優先。耳から探す。つまり、音やキャラクターのイメージをまず鮮明に頭に描き、それを耳を通して音にしていく。ほしいと思った音が出た時にはじめて、今どういう打鍵をしたのか自分で再確認するというのが、理想的な練習の順番だと思う。
譜読みをして、ある程度弾けるようになってから、キャラクターを考えるのではない。
まず、キャラクターやイメージから入ること。このことはいつでも心の隅に置いておいて欲しい。
その上で、楽器というものの作りをもう一度見直し、理解しておくことは決して無駄ではないと思い、今回の7回にわたるブログを書いてみた。自分にとっての再確認として文章にしてみたのだけど、もしも何かの役に立っていたら嬉しいな。
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