「MessageFromBerlin(ブログ編)」カテゴリーアーカイブ

なぜ必要なの?  その① 音楽を聴くこと

小さいころから、”たくさん音楽を聴きなさい”という言葉を耳にする。でもいったいなぜだろう?
曲をたくさん知ったほうが良いから? もちろんそれもあるかもしれない。ありがたいことに人生ですべて学べないほど山のように音楽作品はあるから、たくさん聴いて触れるのも良いだろう。
でも、それだけではないと私は思う。
もし誰かに良く知っている身近な友達や家族について、OOさんってどんな人?と聞かれたとしよう。たとえば、あなたのお父さんどんな人?とか。
静かだけど厳しい。面白いけどせっかち。あるいは
真面目なようで実はひょーきん。(←うちのとーちゃんの場合)
など、少し考えたら言葉にできることがいくつかあるだろう。
でも、学校や仕事場で時々すれ違う程度のひとについて、
OOさんどんな人?と言われたら、背が高くて細い、とかメガネかけて賢そうとか・・・表面的なあたりさわりのないことしか答えられない。
なぜかというと、特にその人と面と向かって話し込んだことなどなくても、身近で何度も時間を共にしていると、その人間性や考え方、その人の傾向などがいつの間にか浸透していくからだ。
音楽も同じ。同じ作曲家でもたくさんの音楽に触れておくと、その人の言語、傾向、色、息遣い・・が見えてくる。100%とはいわなくても、傾向が見えてくる。そうすれば、ベートーヴェンをリストのように弾いたり、ラヴェルをショパンのように弾いたりという”脱線”も免れられる。
続く
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色(最終回)

他にもある。例えば、ショパンのスケルツォ二番冒頭。 シーラシレファ、ラシレファッッッ ・・・シッ と来るこの5小節目始めのシのタイミング。これをインテンポの中ではあるが、テンポいっぱいいっぱいぎりぎり遅めのタイミングで入ると、直前の休符に更に緊張が加わる。せかしたような切迫感のある曲なら、インテンポの中で、ほんの少し早めに入るような感じで音を置くと待ちきれなかったような印象が出る。これは
色=表情 その③
タイミングによって表情に変化を加えるケース。
これらはほんの一例で、いくらでも表情を変える方法はある。それを探すのが音楽の醍醐味で、ピアノという楽器の可能性に驚かされ、引き込まれていく。
音に、そして響きに敏感になって、自分の求める物にできるだけ忠実に近づけるよう、探しぬく生徒が一人でも増えてくれることを願っている。
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色(3)

じゃあ、今度は例えば ソドミ という和音があるとする。これに暖かいとかホッとするような表情を出したかったらどんな可能性があるだろう?
生徒:重さをかける?
こういう返事は本当に多い。とにかく『曖昧』なのだ。もちろん音楽には、これ!という一つの答えがあるわけではない。でもそれと曖昧では話が違う。
一つの音のイメージを持ったら、その音に近づくようできるだけ突き詰める。それができたら、今度はほかの色や方法があるかもしれない、と探してみる。そうすることで想像力、そして耳が育っていくことにつながる。でも曖昧にしては絶対にダメだ。耳が曖昧を覚えてしまうから。
ハンマーが弦を打って鳴らす、つまり打楽器要素を持つ楽器であるピアノにいくらうんしょこうんしょこ重さをかけたって音は暖かくなってくれない。
話を戻し、ソドミという和音を取り上げてみよう。和音の各音を▽と〇と□という三つの積み木だと思ってみよう。例えばソドミという和音の積み木を作るのに、ソが▽の積み木だとすれば、その上に積み重なる積み木はグラっとするのがわかるだろう。でも□がソだったら、その上に積み重なる和音を安定感をもって支えられる。つまり、和音の一番低い音を▽のような鋭い音を選ぶか、□のようなどっしりした音を選ぶかで、同じソドミでできているはずの和音の表情が不安そうな表情になったり、安定感のある和音になったりと変わるわけだ。これは
色=表情 その②
バランスによって表情を変えるケース
和音の一番上の音で話をすると、上の音を明確な細い音にすると、上へ飛びあがりそうな和音になるだろうし、丸みを帯びた音にすれば、和音の表情が和らぐ。
どうやって細い音や安定した音を作るかは、また別の話なので、これを始めると延々とこの記事が終わらなくなってしまうから、その話はおいておこう。(*- -)ノヽ△ポイッ
続く
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色(2)

前回の色についての続き。
では、音楽でいう色とは何か・・・
それは音が持つ【表情】だ。
生徒の話に戻ると、暗いとか明るい、暖かい音、冷たい音…そんな、レッスンでよく耳にする言葉の意味をじっくりと考察することに欠けていると感じた。暖かくと言われたら、『暖かく』と楽譜に書いてなんとなくそんな音を出して通り過ぎる、そういうケースを本当に多々耳にする。きっとまだ ”探す”ことの面白さが見いだせていないのだろう。
私:あのね、例えばこの音
–といって私が 「ド 」と1音鳴らす–
私:この「ド」は何色だと思う? 
実はね、何の色でもない(!)んだよ。
言い方を変えれば、一音だけこうやって弾いても
明るくも暗くも、幸せにも痛みにもなり得るっていうこと。
生徒:ポカーン~(・・?)  (地蔵、凍る・・・の巻。)
私:例えばね、少し前にすっごくハツラツとした音楽があって、その後にポツンと今の『ド』が来たら、悲しげに聞こえるかもしれない。 あるいは、すっごい緊張した音楽が前にあったら、ホッとして聴こえるかもしれない。つまり、前や後ろとの関連でも音の色は変わる。だから、その音だけ練り回して練習すれば良いとは限らないのはわかるよね? 
ここで冷凍地蔵だった生徒は、解凍地蔵ぐらいには戻ってきた感じである。
今の話は
色=表情 その①
『前後の音楽と比較して表情を生むケース』
である。 
(続く)
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色 (1)

音楽でよく、もっと色を!と言われることがある。私も生徒によく使う言葉だが、「はい」と言って弾き直す生徒の演奏に色の変化が見られないことも多い。一番気になるのは、弾き直した後に変化していないことに気がつかないことだ。
生徒の頭の中で、音楽で言う「色」とは何なのか漠然としている気がしたので、尋ねてみた。
私:ねえ、音楽で言う色って何だろうね?
生徒:え?………(・_・;)  具体的な色ですか?
私:(質問の意味が良くわからず)それでも良いから言ってみて。
生徒:ここはオレンジ。
私:σ(^_^;) あは・・・・
私:でもさあ、オレンジと思っても聴いている人にオレンジって伝わらないよねえ。
生徒:うーん、じゃあ色とは感情のことですか?
私:というと?(お、近づいてきたぞ)
生徒:悲しいとか、嬉しいとか、暗いとか……
私:さっきのオレンジと一緒でイメージを持つことは素晴らしいんだけど、問題はそれを音で伝えることだよね。その感情はどうやって音で伝えるの?
生徒: ……(¨ )
生徒、ここで『地蔵化』である。
*地蔵化とは、村田用語で ”容量を超えて思考回路が止まってしまった状態” をいう。
もちろんイメージを持って目指すものを心に描くのは大事だけど、具体的な手段というものを探すこと、これが練習する時の楽しみでもあり、面白味でもあり、かつ必要なことだ。残念なことに音というものや響きの追求に本当の意味で時間をじっくりとかける生徒が少ないのはとても残念だ。心に訴えるのは音そのものなのに。
イメージを強く持った後、顔をしかめてみたり、身体をねじるように悶えて見たり、天を見上げて見たり……それはダメとは言わないが、そうすることで音になっていない表情をカバーしているつもりになってはいけない。
先日クラウス ヘルビッヒ先生の公開レッスンを拝聴した時、こんなことをおっしゃっていた。
「私たち演奏家はもちろん役者の要素も持っていないといけない。でもそれは音、つまり聴覚的な面での役者(つまり音で魅せる)であって、視覚的な効果はそんなにいらない」と。
続く
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ドゥヴァイヨンズ ヴィレッジ 第一回 Bコース

Aコースに続いて行なったのが、専門的に音楽を勉強された大人の方対象のグループレッスン。
5名の生徒を2名と3名のグループに分けて、このコースは私が全て担当して開催した。これまた本当に素晴らしい会になった。集まったのは全国津々浦々から。年齢も幅広い。
自分のテクニックに悩んでいたり、教えるあたって基礎を見直したかったり、いらしてくださった理由は様々ながら、社会に出てさまざまな経験をした後、誰にも強制されず、自分の意志でピアノというものに最終的に戻ってきた人たちばかり。それがなんといっても私にとって大きな魅力だ。
いやあ…それにしても個性的な5人が集まった。参加者の皆さん、お互いを見ていて、私は他の人より普通だなぁ、と感じていたら
「間違い」
です。全員見事に個性的でしたよ。笑
私は、各生徒さんにとって今必要だと感じたことに焦点を絞りながらも、5名ともそれぞれ違ったポイントを選ぶようにし、レッスンを聴いたあとは実は自分の教わったことだけではなくたくさんのポイントを学んでいたという流れを心がけた。みなさん他のグループも聴講してくれて、おかげでたくさんの音楽に出会えた模様。
何より嬉しかったのは、初日も二日目も、自然発生的に生徒さん同士でお茶に行ったりお昼を一緒に食べたりしていたらしき事。仲間を大切にすると、自分も幸せになれるはず。この会をきっかけに生徒さんたちの交流が続くなら、本当に嬉しい。かなり手ごたえの強かったBコースも、近いうちにぜひ開催したいと思っている。
みなさん、是非ドゥヴァイヨン ヴィレッジにお越しくださいませ。
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ドゥヴァイヨンズ ヴィレッジ 第一回 Aコースを開催して

私のサイト上 (www.rikakomurata.com)でご案内しているドゥヴァイヨンズ ヴィレッジを初めて開催してみた。手応えとしては、非常に!!興味深い時間だったと感じた。3名の学生に二日間(午後)集まってもらい、互いのレッスンを聴きながら一緒に考える。初日は私が、二日目はDevoyonが担当し、いろいろと生徒たちに質問を振りながら考えてもらい学んでいく。目的は今持ってきた曲を良くすることではなく、これから役に立つこと、これから一人で学んで行くことができるように、総合的に判断する知識と思考力を養ってもらうことだ。
音楽を楽しみながら学んで欲しいと思っているので、とにかく楽しく面白く、そして有意義な場にしたいと思っていた。最初は少し緊張が見られても割とすぐに打ち解け、生徒さんたちは笑顔が絶えず、突然降り注ぐ質問にも間違いを恐れず考え答えてくれ、その答えで終わりではなく、それを機に互いが試行錯誤する…そんなとても有意義な時間だった。彼らがすぐに集中し音楽に入って行くのが目に見えて、とても興味深かった。
終わった後で生徒が、これまでにこんなに頭を使って聴講したことはない、と笑っていたのが印象的だった。学ぶ材料はゴロゴロ転がっているのに、どうしても自分のレッスン以外から学ぶチャンスを漏らして行っている傾向にある今、仲間とともに学ぶ喜びを大切にしてもらえたらと思う。今回を参考に内容を検討して、次回の募集をしてみたい。
最終日の終わりにみんなでお茶をするという機会を設けたのだが、日曜の夕方はカフェも混んでる混んでる。そんな事情からその日は諦め、数日後に3人と待ち合わせてお茶をするという流れになった。数日あけて会う3人は、本当に表情がほぐれていて生き生きしていて、なんか家族が生まれたような気がほんの少しして、嬉しかった。
二日間を過ごして私が受けた印象は、生徒たちはそれぞれ考えながら勉強してはいるけれど、その考えがうまく総合的にまとまっていない気がした。深くそして建設的に考えられたら良いなという印象だ。情報も多い時代、その得た情報を自分で試行錯誤し、次に役立てられるよう応用できたら最高だ。そんな方法を学ぶ役にこのドゥヴァイヨンズ ヴィレッジが少しでも立てたら嬉しい限りだ。
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お知らせ!!
第2回 ドゥヴァイヨンズ ヴィレッジ間もなく募集開始します!
詳しくは私のサイト FromBerlinからどうぞ
http://www.rikakomurata.com
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育てるべきこと (2)思考力

前回の話に引き続き、もう一つ育てるべきは”考える“という能力だ。
レッスンで何かを言われたら、あわてて弾き始めず、先生の言葉の「真意」を考えること。
弾いてくれた音や先生の言葉から生徒自身がレッスンから何を引き出せるかが、
長い目で見たときに大きな違いになると思う。
それが、客観的に物事をみることにつながっていくから。
試行錯誤
という時間は決して無駄でも遠回りでもない。
具体的に書いてみよう。
たとえば、「焦って聴こえるよ」と言われたら、楽譜に”あわてない”と書き込む生徒が多い。
でも、あ、あわてないようにしなきゃ、ではなく、どうして第3者には焦って聴こえるのか、
その理由を探さない限り、その場だけ気を付けてブレーキをかけても何も生み出さない。
たった一つの短い音への、あるいはたったひとつの休符への意識が足りなかっただけで
そう聴こえている場合もあれば、実は弾き方の問題ではなく、
ペダルの踏み方がそう聴こえさえている場合だってあるのだ。
ペダルに関して言えば、ペダルが濁ってるよ、といわれたら、
ペダルをきれいに変えればよいのだろうか?実はペダルが原因ではなく、
指で作り出す音が不明瞭なために、ペダルをいくら上手に変えても、
ぼやっと濁って聴こえている、ということも非常によくある例だ。
右手が固くなってるよ、と言われたら、実は左手が鍵盤にきちんと安定していないからかもしれない。
肘が出てると言われたら、肘を下げれば良いのではない。親指の使い方が原因だったりもする。
練習は曲を弾くことばかりではない。
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育てるべきこと (1)耳 

私はベルリンに留学してすぐ、壁にぶつかった。
レッスンで良い例と悪い例を弾いて聴かせてもらっても、違いが聞こえない。
–君が思っている「聴く」は、ただ「聴こえてる」のであって「聴いている」のではない。
その言葉の意味は頭でわかっても、感覚がわからない・・・。焦りが募る。
「下書きの絵を持ってきて、色をつけてくれと言われてもレッスンできない。
自分で考えてくれ」
そう言われ、部屋を追い出された。
聴くってなに?考えるって何?
混乱の日々が始まった。
ただ、1つだけ私が確信していたことがある。それは「追い出された」とは言っても、絶対に私に何らかのヒントを与えたうえで追い出しているだろうということだった。
とりあえず思いついたのはレッスンで弾いてくれた音だ。微妙な違いはわからなくても、あまりにもきたない音ぐらいはわかった。まずはそれをとりあえず真似することから始めた。
まずは汚い音を意識的に出してみる。当時の耳でわかるほど汚い音だから、
相当なものだっただろう。(となりの練習室だった方、すみません。その1)
そして、考えることに入った。何でこう弾くと汚い音が出るんだろう。
たった1つの音を、何度も何度も繰り返し弾いて、ピアノの中を覗き込み、横に鏡をおいては覗き込み…。それでもわからなくてイライラし、そばにあった椅子を思いっきり蹴っ飛ばし… 
(となりの練習室だった方、すみません。その2)
そんな毎日を文字通り「何年も」過ごした。
練習というよりは、ああでもない、こうでもないといじくりまわすと言った方が適当かもしれない。
でも、そうして育てる耳が、最終的には一生の頼りになる。
耳は最大の先生だ。
最近、ほかの方のレッスンを拝見していて、先生方が弾いて見せているそばから弾き始める生徒の多さに驚く。
先生の言葉は聞くのに、言葉が終わったらとにかく弾き出してしまう。
でも実はその言葉、そしてちらっと弾いてくれるその音に、たくさんのヒントが詰まっているのに…。
先生でなくてもいい。誰かが出した音が、うまい下手はおいておき、自分が今まで出したことのない音であれば、それを耳に記憶して家に持ち帰る。できる限り似た音が出るまで真似して、出たと思ったら、どんなテクニックで今の音を再現たのか分析する。
これも、私は数えきれない位の時間を割いて行ったことだ。おこなった、というか今でもそうだ。レッスンで生徒が出した音が良い音であれ、悪い音であれ、どういう打鍵のせいでその音になっているか、家で真似してみて、あーだ、こーだ考えることもたびたびある。 (続く)
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夏の講習会で、今年もたくさんの若い演奏家たちと勉強をさせてもらった。
講習会というのは、普段のベルリンでのレッスンとは少し違う。というのも、講習会や公開レッスンなどは、1回、あるいは数回一緒に時間を過ごすだけで、その後一生会うことのない人もほとんどだと言える。普段にも増して、短い期間で私の思うことを的確に伝え、それを正しい意味で理解をして講習会を後にしてもらうことが私の責任だ。
生徒さんの表情をみながら、与えられた時間の中で同じことをいろんな手段で伝えてみる。言葉を変え、例えを変え、弾いてみたり、質問してみたり・・何かの形でその人の心に響かなければ、表面上直っても、また元に戻ってしまう危険があるから。
最近感じることは、
何かうまくいかない、何かがまずい・・・
とまでは感じている人は多いのだけど、その理由やどうやってこれからそれを解決していくかの手段を、
探している“つもり”
になってしまっている人が多いこと。こういうキャラクターで弾きたいんです。こういう音がほしいな、と思ってるんです。いろいろCDも聴いてみたし・・・。あるいは、ここは何度の和音で、ここは何調になっていて・・・と分析したことを楽譜に書き込む。
それらは、もちろん本当に必要なこと。でも怖いのは、それだけで満足してしまうこと。
理想が知らず知らずと下がってしまうことの恐ろしさだ。
今の時代、ありがたいことに演奏会やコンクールの機会を与えてもらえることが多い。そこから学ぶことは多いと思う。でも同時に、今自分に求められていることにじっくりと向き合って探すという時間をとらず、後回しにしてしまっている人がとても多いのは見ていて苦しい。
それは<時間がない>のではなく、<時間をとろうとしていない>だけのことだということは真摯に受け止めてほしい。
努力に終わりなどないはず。
じっくり、丁寧に・・・。
周りに流されず、自分にとって今必要なことに時間をかける勇気を忘れないでほしいと思う。
積み木を組み立てるのと同じ。最初をしっかりと作ることの大切さがどういうことなのか。一段目が斜めになっていることは気になりながらも、そこから目をそらして長年かけ積み上げた続けた積み木。その行く末を想像すれば、その恐ろしさは簡単にわかるだろう。
そんな思いから日本でもプライベートレッスンシリーズを始めて7年になる。この秋もまた11名からたくさんのことを学ばせてもらうことになっている。
私の人生で出会うことのできる生徒さんの数は限られているけれど、一人でも多くの音楽家の心に、今必要とされていることから目をそらさないことの大切さを伝えたい。
それは音楽に限らず、生きていく上で必要なことだと思うから。
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