先日のぶらあぼに続き、なんとレコ芸の推薦盤!最高位の勲章です🎖️
ぶらあぼさんも、レコ芸さんも、お二人の批評家の方が、音、色彩、陰影、あるいは構築力、繊細さ、そう言ったところを評価してくださっているのが何よりも嬉しいです。多くのCDがお手元に届く中で、丁寧に様々な曲をCDを通して聴いてくださる姿にも心を打たれます。
私のような無名の者は、こう言った1つずつの石を丁寧に積み重ねることへの喜びで生きていて、そんな小さな石に目を向けてくださることは本当に勇気づけられます。
心からのお礼を込めて。

先日のぶらあぼに続き、なんとレコ芸の推薦盤!最高位の勲章です🎖️
ぶらあぼさんも、レコ芸さんも、お二人の批評家の方が、音、色彩、陰影、あるいは構築力、繊細さ、そう言ったところを評価してくださっているのが何よりも嬉しいです。多くのCDがお手元に届く中で、丁寧に様々な曲をCDを通して聴いてくださる姿にも心を打たれます。
私のような無名の者は、こう言った1つずつの石を丁寧に積み重ねることへの喜びで生きていて、そんな小さな石に目を向けてくださることは本当に勇気づけられます。
心からのお礼を込めて。

初めての試みとして、私の門下生4人を集めてコンサートホールでのクラス勉強会をしてみた。贅沢な環境!
私がいつも生徒に言うことの1つは
「将来的に最良の先生は自分の耳であり、学生の時、つまり客観的な意見を言ってくれる人がいるうちにそれを育てないといけない」
ということ。とはいえ、広いホールで、客観的判断できる耳を持つことはかなり難しい。そこでコンサートホールで耳を駆使する勉強会を思いついた。
今回の4名は全員音大生かつ同じような年代なので、互いに刺激しあい、また交流を深める意味でも良い機会となった。
私の目的は試演会ではない。最近よく聞く試演会とは、弾いてコメントをもらう、という受け身な内容が多く、これではあまり意味を見出せないと感じる。
今回は積極的に自分の耳を働かせる、という方向に勉強会を持っていきたかったので、互いに少しだけ弾いては止め、相手の演奏の音を客席の好きなところに座って聴き、自分の耳で判断し、彼らの意見を聞く。その後、私が少し軌道をととのえるコメントを挟む。そしてコメントを参考に自分なりに修正して弾いてもらい、どう言った違いとなって聴こえるか、客席の仲間は耳でその違いを感じ取る。そういう流れだ。
4時間続けて耳をここまで積極的に駆使して考える時間は意外と少ないかもしれない。でもその重要性を感じてほしい。本来は普段の練習でも、実は常にこれぐらい耳をそばだてて判断していないといけないからだ。

さらに、最後の1時間はパスカルを拝み倒して合流してもらい、各生徒を10分ほど聴いてコメントしてもらった。時間や労力を惜しまず、私の生徒のために尽くしてくれる彼には頭が上がらない。
コメントで
「最近は効果的、そんなことばかり言われて、音、音質なんて別に…という風潮があるけど、音は大事なんだよ、本当に大事なんだ。」
と声を強めて言っていたのが印象的だった。
「昔は音を聞けば、それがラジオでも誰が弾いているかわかるぐらい、音に個性が表れていた。今は音へのこだわりが減り、皆が同じようなスタンダードな音を出すので、誰が何を弾いてるかわからない。音へのこだわりは自分の持ち音となり、それが個性でもある」
そんな話もとても興味深かった。生徒たちの心に何か響いただろうか。
ホールを借りての初めての贅沢な勉強会だったが、やってみてかなり有意義な勉強になると強く感じた。年2回ぐらいのペースで続けてみようかな。
このように本格的な演奏家を目指す門下生を、現在1名増やしたいと思っている。詳しくは私のサイトを参照していただきたい。



ファイナル公演にブラームス:クラリネットソナタ2番が加わります!
(*Zemlinskiを楽しみにして下さっていた方、申し訳ありません)
ーーーー
〈お知らせ〉
11月3日(月・祝)のファイナル・コンサート「Bijou ~珠玉~」の演奏曲目および演奏者に変更がございます。
【変更前】
ツェムリンスキー : クラリネット三重奏曲 ニ短調 op. 3
[チャールズ・ナイディック/趙 静/村田理夏子]
↓
【変更後】
ブラームス:クラリネット・ソナタ第2番 変ホ長調 op. 120-2
[チャールズ・ナイディック/パスカル・ドゥヴァイヨン]
また、これに伴い、同日に演奏されるマルティヌー:室内音楽 第1番 H. 376のピアノが、パスカル・ドゥヴァイヨンから村田理夏子に変更となります。
何卒ご了承ください。
👆ご予約はこちらから


今、私たちがかなりの力を注いで準備している公演があります。
10月4日 表参道カワイパウゼでの タイムマシンコンサート。
ーー
音楽は生きた産物で、生身の人間から生み出された奇跡の贈り物だと思います。彼らが生きた時代、何が起きて、どんなことを見、どんなものを聴き、何を感じてきたのか。こういった日常が多かれ少なかれ作品に影響しないはずはありません。
今回のタイムマシンコンサートでは、生誕150年を迎えるラヴェルをテーマにします。「が!」ラヴェルばかり演奏する公演ではない面白さが皆さんをお待ちしています。
ラヴェルが生きた時代、ヨーロッパでどんなことが起き、ラヴェルはどんな世界を見てきたのか。タイムマシンに乗って時代を遡り、その当時のお話や映像、そして演奏を通して感じていただくものです。
きっとどこにもない、新たな楽しみ方ができる公演だと思います。
演奏は現時点では10曲ほどを予定しています。かなりバラエティに富むプログラミングです。誰が何を弾くかは、もう少し中身を詰めて改めてブログしますが、今からどうぞ楽しみになさってください。限られた席数ですのでお早めのご予約を!

ーー
分厚ーーーーーい書籍を片手に、パスカルは次回の講座準備に入っています。
「今はドビュッシーが1番好きな作曲家の1人かも」
と彼は数年前に言っていたけど、今はどうなんだろう。
ドビュッシーの手紙とか、ドビュッシーの分身の書籍とかを読むと、すごく人間味を感じられて、確かに親しみを感じる。私はそう言った意味でも、作曲家自身の言葉が残された書籍を読むのは好きだ。
それに、ドビュッシーがいろいろ、当時の社会の流行や、音楽界のことでぶー垂れてるのを読むと、いつの時代も同じなんだなあと少しホッとする。
ホッとしていいのか。🙃
今回はパスカルが講座で話したいことが早いうちに定まっているようで、少しずつ筆を進めている。どんな内容か楽しみ。今回は版画と花火。名作中の名作ですね。
翻訳が進んで中見が見えてきたら、改めてブログで紹介できればと思います。9/25 よろしくお願いします!

親愛なる同僚の皆様
もしかしたら、すでにこの件について耳にされた方もいらっしゃるかもしれませんが、本日正式に決定されたことがあります。私は今後、桐朋学園で教えることができなくなりました。
ピアノ部会7〜8名ほぼ全員が、私をもう仲間として受け入れず、面と向かって私の言葉で話す場すら設けていただけませんでした。率直に言って、このような態度には非常にショックを受けています。
納得できる理由も一切示されず、直接お話しする機会も一度もありませんでした。
また、一部の先生方とは、これまで学校内で一度もお会いしたことがなく、私の授業を見に来られたこともありません。言ってしまえば、私という人間を知らないまま、判断されたということです。
みなさんが今後、私について何か好ましくない言葉を耳にするかもしれませんが、どうか、それを鵜呑みにせず、これまでのご縁と友情を信じていただけたら嬉しいです。
桐朋学園との約30年にわたる関係がこのような形で終わってしまうのは、とても残念でなりません。
この場をお借りして、これまで一緒にお仕事ができたことに感謝申し上げます。
どうぞお元気で。
心より感謝を込めて
Pascal Devoyon
#
以下、村田より
桐朋の学生さんへ。
パスカルは突然、みんなともう一緒に勉強することができなくなりました。今日まで想像もしていませんでした。このような扱いをされる正当な理由は1つもありません。
彼はみんなに音楽を真摯に深く追求する面白さ、難しさ、音楽家としての責任、いろんなことを伝えようと言葉を駆使してきました。もし何か心に残っていたら嬉しいです。「きっと生徒たちは喜んでくれていたと思う。急なことで生徒がかわいそうだ」と彼は言っています。
またどこかで再会できると良いですね。
音楽だけはいつも変わらずにいてくれます。私たちへの音楽という贈り物に感謝を忘れず、いつまでも真摯に深め続けてくださいね。今までありがとう。
—-
最後に
(8/9) * その後、学内の先生方から温かな声が届いています。今回のことは大半の先生方や生徒たちは何も知らなかったそうです。
自分の声と言葉で事実をお話する機会を求めても拒否され、ほんの一部のおかしな考えを持つ人の力や誤った情報だけでこのような決断に至る現実に、一層驚きと悲しみが増すばかりです。
温かな声を届けてくださる方々に心よりお礼申し上げます。
ボールを取ろうとしたら、ソファの下に押し込んでしまい
がっかり落ち込む、の図。

ブラームスへのアプローチの仕方、といった意味合いのある講座でもあり、話したいことは山のようにあるけど、どこに焦点を置くか、結構悩んでいたこの回。
終わってみると、多方面から非常に面白かった、とても勉強になったという声がたくさん届いた。パスカルもホッと嬉しそうにしている。
次回はドビュッシー 。版画と花火。これも、彼らしい面白いアプローチが楽しみ。



譜面もたくさん書き込んで何十枚も準備しての講座です!
ブラームスの醍醐味は、その磨き抜かれた曲作りに潜んでいる。本能に任せて、ロマンチックに…なんていう演奏では、本来の曲の魅力、格調、表情は生み出せない。
それこそ、「分析」という堅苦しい言葉が、実は音楽の魅力の秘訣だとわかったとき、曲を本当の意味で知る作業が尊いもの、そして面白く感じられる。
ブラームスをとりあげる第1回の今回は、そういったブラームス世界を覗き親しむヒントが散りばめられた講座になりそうだ。
パスカルが「前置き」と読んで話す冒頭のブラームスの若かりしころについての話は、実はここに全てが集約されているというぐらい、大切で興味深い話となりそう。そういうことか!という発見が山のようにある。
その後、ラプソディと作品118を通して、曲がどのように成り立っているか、どこに何が隠されているか、宝を引き出すように丁寧に丁寧に紐解いていくこの講座は、いわゆるここをこうやって練習して、といったものとは一味違い、今後ブラームス作品への見方がいっそう深くなり、面白くなり、練習するのも、指導するのも、聴くのも、全てが面白くなりそうだ。
