moru のすべての投稿

ベルリンは遠かった…(その2)

(前回の続き・・)
駅員に近づくと、
ターミナル2に行く人は上の階に行ってシャトルに乗って!と言っている。この電車はここで終点に変更になったの。だと。
はぁ?( ゚Д゚) ここで終点にかわった??? なんじゃそりゃぁ・。・
Dと顔を見合わせ、疲れがどーんと出たまま、またもや民族大移動。 スーツケースゴロゴロ持ってみんな上の階へ。シャトルが出ているというところに行くと、かなり大きな看板が立っていて、
シャトルは今運休しています。この先のバス停から代行バスに乗ってください、
と書いてある。
はぁぁ、さすがパリ。
代行バス乗り場を聞きに近くの窓口に行くと、いえ、シャトルに乗ってください、という。
Dが、でも運休という看板が出てるけど、というと、
あらぁ、そんなこと全然聞いてないわ。でもそうならそうなのかもしれないわね。もうぐっちゃぐちゃよ、今朝はーー。たぶんこの先にバスがあると思うの。
と。
全くを持って誰も事情を把握していないという典型的なパターンである。
ちなみに、誰1人謝ることはない。
道に迷った旅行者のごとくさらにスーツケースを引きずり、ロータリーに止まっているバスを発見。運転手に、代行バスってこれですか?ときくと
え?代行?聞いてないねえ。あそこの窓口で聞いたら?
そう、これがかの有名な
たらいまわし
というやつである。その先の窓口で対応した、ものすごい攻撃的で感じの悪い
若いフランス人女性と我々がそこで大げんかをし、私が自動ドアを蹴っ飛ばして出て来たことは内緒である。
困り果てて、(もじどおり、困り「果てた」感だ。)シャトル運休という看板のところに戻ると、シャトルはちゃんと来ているではないか。
このでかい「運休」の看板はなぜに???
という怒りをぶつける気力もなく、ようやくシャトルで空港へ。
モニターをみると、案の定 搭乗締め切り となっている。こういう時に限ってon timeのエールフランス。
そして新しいチケットに変更すべく、エールフランスカウンターへ向かった。
(続く)

ベルリンは遠かった(その1)

毎年恒例のパリでのMusicAlpコンサートを終え、ベルリンへの帰路に着いた。ところがなぜか旅行となると私の人生はいつもここからが始まりで、なんだかんだ(?!)が付いてくる。
今回はなかなか充実していた。
朝9:50発の飛行機を目指し、Dと空港行きの電車に乗った。ここから30分ぐらいだね、と言ってDがウトウトし始めた矢先、車内アナウンス。
「電車のxxxにより(……よく聞こえないのがまたパリらしい)、ここでしばらく停車します。発車時刻は未定です」
がーん。(;’∀’)
空港ではただでさえあまり時間に余裕を見ていなかったので、や・ば・し。
どうする、待つ?降りる?
発車見込みなし…と言った感じのアナウンスだったのでDが
唯一飛行機に間に合うとしたらタクシーだけど、タクシー見つかるかな。とつぶやいたところ、
斜め前にいらした方が、駅前にタクシーありますよ!というので電車を飛び降りた。
駅の改札出口に向かっていると、次のアナウンスが聞こえた。
「空港行きの今後の電車は一番線に全て来ます!」。これを機に民族大移動のようにスーツケースを持った人が電車から流れ出て、みんな階段を渡り一番線に向かった。
表示によると電車は1分でくるという。
ところが待てど暮らせど来ない。時間が進むにつれ焦り、やはり駅前に出てみた。
すると、タクシーなんて夢のまた夢。ぜーんぜんなし。閑古鳥ピヨピヨ の駅である。どうにも困り果てて、駅前にいたフランス人に「タクシー乗り場は」ときくと、いやぁ、タクシーがないので僕も今会員になってるタクシー会社に電話したけど来るまで10分かかると言われた・・・と。 パリの10分だから30分は来ないだろう。
しかも会員制タクシーで、私たちは電話できないという。
10分ぐらいタクシーをまったが、全く気配なし。というわけで再び駅のホームへ。
この時点でほぼ飛行機は乗り過ごしたに近かった。
ようやく空港行きの電車が来た。普通に行けば、最終搭乗時刻の5分前に空港に着く。飛行機は最終ギリギリ15分前まで搭乗できるはずなので、いつも遅れるエールフランスが遅れてくれていたら、まだ奇跡的に間に合う可能性は1%ぐらいあるので、Dと私は着き次第ダッシュできるよう、パスポートなどを手にスタンバイしていた。
私たちが降りるのは終点のターミナル2。その1つ前のターミナル1駅に着いたところで、よし、次だと意気込む。
すると、乗客がどんどん電車を降り始めた。耳をすますと
「モゴモゴ……終点…モッゴモゴ………」
と全くを持って解釈不可のアナウンスが流れている。何れにせよ全員降りる様子だ。
ここで、チーン。。。(-.-) 
私たちの飛行機乗り遅れが確定したのだった。ナムナム・・・
(続く)

秘訣?

先日ベルリンの路地に出たとき雪がまだ残っていたので、Dの腕にしがみついて歩いていた。というもの以前私は、凍った道路でバナナの皮を踏んだかの如く見事につるんと宙に舞い、背中から強烈に墜落したことがあるのだ。それ以来凍っているとおそろしく、滑るとすぐ人にしがみつくわけなのです。そんな感じで歩いていると後ろから、ものすごく大きな声で
「おーーーい、そこの若旦那!おーーーい!」という声がする。振り返ると、60ぐらいのおじさんで背の大きい大柄のドイツ人。若旦那というからDを呼んだに違いない。
この人はただ面白いのか、それとも変なのか、半信半疑でそちらの方へ歩みを進めると
「ねえねえ、若旦那、あなたのものすごい秘訣をどうか伝授下されー」
という。Dは
 ポカン(・。・)
という顔で地蔵化したので、私が 
すみませんが、秘訣って??(-.-) と返してみた。
すると
「どうやったら、そんな若い女性を見つけられるのぉ?僕にも教えてくれー」
だと。(*_*) そしてDはさらに
あは・・・(;’∀’)
となってしまったので私が、
若さだよ、若さ! と返してみた。そしたらDも
そう、若さ若さ!と連呼。そして私たちはその場を離れ歩き始めた。
後ろではおじさんが
僕だって若いぞぉぉぉぉ!
と叫んでいるので、
じゃあ、大丈夫!がんばってねー!
といって去ってきた。
そして、”若い女性”と言われた私は、
(*´∀`*)
と幸せいっぱい。私はときに、あほなほど単純なときがある。その様子をDが横からじーーーーっと見て、
そっか。若いのか。
とつぶやきおった。(-.-)
 

目に見えない美

私の選んだ芸術の道は、時間をかけて練るそのプロセスが最大の喜びであり、美だと言える。
自分が注いだ情熱と、愛情、自分への挑戦と達成感。それが自分を満たしてくれる。山登りをされる方も同じような感覚なのだろうか。
苦しくても、光を浴びなくても、1つ1つ積み重ねる石は尊い。そう信じて私は今までの道を歩んできた。ところが、ひょんなことから、その積み重ねてきた石を他人にひと蹴りで蹴散らされたように感じた出来事があり、このところ、その闇からでられず苦しんでいた。
そして気がついた。なぜ蹴散らされたように感じたかというと、心のどこかで自分の積み重ねる石を見てくれている人がいるといつの日か勝手に思い、結局は自分が人からの評価をどこかで期待していたからに過ぎなかった。自分のせいだ。
そう気がついて、積み重ねた石にもう一度目をやると、それは決して崩れてはいなかった。その石を見て、私は間違ったことはしてきていないと確信できた。
芸術の世界は一部の人を除いて決して華やかではない。自分と向き合い、自分に問いかけ、自分を豊かにしていくことに喜びを感じられないと続けられない。
私にはありがたいことに若い音楽家や真剣に音楽に向かう大人たちと接していく機会がある。私が出会う全員に、私の生き方を通して私なりのメッセージを送ってきたつもりだし、送り続けたいと思う。華やかな、そして有名な人を追いかける風潮にある若者から、心ない言葉を浴びたこともある。でもその子達もいつか、私のメッセージを掴んでくれる日がきたらいいなと思いつつ、また1つずつ石を積み重ねる毎日が始まった。
私のサイトFromBerlinは
こちらから

面白い!!

Devoyonによるテクニック講座最終回は2月28日。KAWAI表参道で行われる。その翻訳を今おこなっているのだが、これが・・・ものすごく!!!面白い。今回のテーマは
テンポと緊張、暗譜、ピアノに向かって。
テクニックに直結しそうでもなく、タイトルをみただけでは、いったいどんな話になるのかわからないなあ?と思っていたら、出来上がった原稿は、趣味の方も専門的に学ぶ方も、演奏者、指導者、誰にとっても驚くほど面白い内容になっていた。
テーマ①テンポとは何か? 音楽の緊張って?
わかっているようで意外とあいまい、でも私たちにとって理解することが不可欠なポイントが、日常生活を例にあげることで、とってもわかりやすく説明されている。
そして何よりも誰もが気になるテーマ
②暗譜!
これについては、緊張をどうやって乗り越えるかとか、なんとか生き残れるおまじないを考えるのではなく、
1) いったいどうして記憶があやしくなるんだろう?
2) 考えてみれば、脳っていったいどういう仕組みで記憶をしてくれているのか?
3) それならこうやって練習したほうが良い
という、納得のプロセス。
特に、その脳の話が本当に面白い!
③ピアノに向かって
普段時間のないDevoyon先生は、いったいどうやってテクニックの質などを維持されているのでしょうか?何かヒントはありますか?というご質問をいただき、どんな答えが出るのか、これまた必聴です。
目から鱗だらけの最終回。学生さんも、音楽愛好家も、指導者の方も、是非ご参加いただきたい会になりそうです。

桐朋学園 春期講習 ~コンチェルトを弾いてみよう!~

桐朋学園の皆さん、あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします。
3月にPascal DEVOYONによる春期講習が開催されます。タイトルは
コンチェルトを弾いてみよう!
いつか一度は弾いてみたい協奏曲。毎年この時期にコンチェルトの春期講習を
行わせていただくことになりました。
詳しくは下記チラシおよび学内掲示をご覧ください。
たくさんのご応募楽しみにしています!!
**お申し込みは二人一組が必須で、お互いの曲を伴奏をすることが原則です。
個々に伴奏者を連れてくることは認めていませんので、ご了承ください。
Toho.JPG

フランス ティーニュでの夏期講習会♪

おなじみのMusicAlp夏期国際音楽祭が今年もフランスのティーニュで行われます。毎年150名ほどの日本人が参加する
フランス最大の講習会です。日本語サポートもあります。
お申込み始まりました!私もクラスを担当しております。
ご興味のあるかた是非お越しください!
公式サイト(日本語あり)
www.festivalmusicalp.com

KAWAI表参道での、テクニック講座第5回 必聴です!

12月7日に迫ったテクニック講座の翻訳がほぼ終わりました。今回は、重音、和音、ポリフォニーなどピアニストだからこその難しさであり、避けて通れないものばかりがテーマです。今回は幅広くたくさんのご質問をいただいたおかげで、面白さが倍増しています!重音に関しては、ショパン練習曲作品25-8を例に挙げ、書籍には書かれていない細かな説明が行われます!そのほか、オーケストラ楽器のような音はどうやって出すの?管楽器のように、弦楽器のようにどうやって?? 
今回も見逃せない一回となりそうです!

韓国にいらっしゃいませんか?

来年2月末に、韓国は JIRISANでマスタークラスをさせていただくことになりました。
詳しくはこちら
→ マスタークラス詳細
英語と韓国語しかありませんが、私にお問い合わせいただければ詳しい内容をご説明させていただきます。
私と期間中集中的にレッスンもあれば、私のクラスとほかの先生のクラス2クラス希望なども可能です。
ソウルおよび釜山から送迎バスも出ていて、すばらしいケアをされている講習会だと思います。
日本からは中井恒仁先生と武田美和子先生もご参加になられます。
詳しい内容をご希望の方は、私までメールでご連絡ください!
国立公園となっているJirisanでご一緒できればうれしいです。
村田理夏子

教育とは

ベルリンの学校での仕事、レクチャーの翻訳、日本でのレッスン、フランスの講習会。様々な環境で生徒たちに接する機会を得てずいぶん経つ。老若男女、レベル・・そういうものを超えて多くの人と接していくにつれ、今必要なことは何だろうと考えることが多くなった。
若い子からよく聞かれるのが
将来が不安
という言葉。学校を出ても何か保証されるわけでもなく、不安を感じるのはとてもよくわかる。
ではその不安を少しでも減らすために何をするか・・そこに大きな疑問を感じる。
若者との多くの会話でこんな思考回路が見られる。
将来が不安だ・・・(将来とは就職をさしているらしい)→就職をできるには経歴が必要だ→コンクールをあちこち受けてみよう→コンクールで賞をとれなくても、経験を積めばなんとかなるかも。
でも・・・自分を育てる時間は?音楽を育てる時間は?
コンクールで育てる?本人はそのつもりになっていても、はたから見ているとコンクールからコンクールの準備に追われて、せっかく持っている種を世話する時間がないぐらい忙しく動き回っているだけで、問題解決は後回し。コンクールや本番を経験にするのなら、受けたあとが肝心で、それを吟味し、再構築するべきなのに、コンクールの次はもう次のコンクール探しに目が向いている。
今の時代、いい学校を出たらいい就職ができる、そんな方程式は音楽以外の世界でも通じない。年老いた人をスピードが遅いからとリストラにし、使い捨てにするような非人間的なことが横行している世の中、不幸せな人が増えていると感じる。不幸せな人というより、何か満たされていないと感じている人が多い気がする。こんなに恵まれた先進国で、普通に生活ができ、何も不服がないはずなのに、不満ばかりが募っている。
学校という時間、学生という時間はこれから将来を幸せに生きていくために<備える>貴重な時期だと思う。何を備えるのか?それは経歴でもなんでもなく、”自分を”だ。幅広く勉強し、外の世界に目を向け、たくさんの人と出会い、そうして育てるべきは感受性と思考力。人間としての繊細な感受性を磨くことと、社会に出て出会うさまざまな状況の中で自分がどうあるべきかを判断できる判断力だ。幸せに生きていけるには、自分という人間が誰かに必要とされていると感じられる必要がある。それはビジネスとしての”必要”ではない。ビジネスで必要とされようとすると、有名にならなきゃ・・となり、大きく脱線していく危険がある。
人間として必要とされるということ。必要とされるには、人間としての魅力が必要で、そのためには中身が伴わないといけない。経歴ではない。中身だ。それが幸せに生きていくための第一歩になると私は思う。そしてその必要とされるのは、パートナーからでも良い。家族からでも友達でも良い。ペットからでも良いかもしれない・・ほんとに小さなことからスタートするのではないかと思う。
考える力を付ける・・・これは本当に大切だと思う。コンピュータの中にさまざまな情報が交錯し、クリックすれば情報が降ってきて、ぼけーっとしていても何かしらの情報が降り注いでくる。自分で買いに行ったり、自分で探しに行かなくても、ネットで注文したら勝手に届く。
先進国の世の中全体におそろしいほど消極化が多方面で進んでいる結果、思考力が大きく落ちているのを感じる。何かを ”じゃ、考えてみて?”とふってみると、その目が死んでいることが本当に多い。考える、という作業に慣れていない印象だ。みていて恐ろしい。
私もDも教育機関に勤めている。教育に携わるということは、今書いたような若者たちの”備え”を手助けすることが必要になる。
門下生には卒業までに何とかして”総合的に考える力”を身に付けてもらうよう導こうと試みている。それはとても大変な作業だ。即結果を求める傾向にある今の時代、我慢強く、目には見えない大切な部分の成長を途切れないように導くことは本当に難しい。難しい時代だからこそ、一人でも自分で考え、自分の幸せに向かって進める若者を増やしたい・・の一心だ。
それと同時に音楽家であること、芸術家であることの意味と意識を本当の意味で分かってほしいと願っている。音楽家は音楽があっての芸術家だ。音楽を追及する芸術家だ。音楽を育てずに、音楽を”手段”として
職や経歴を追及して指だけまわすのなら、指芸人と呼べば良い。”音楽”に純粋に興味を持っている人があまりにも少なくなってしまったとDが日々嘆いている。知らず知らずのうちに音楽に目を向けることを忘れて、音楽が何かを成し遂げる手段となっていないか、
一度自分の胸に手を当ててみる必要があるかもしれない。
私のサイトFromBerlinへは
こちらから