「MessageFromBerlin(ブログ編)」カテゴリーアーカイブ

生きた音楽とは  (1)

私たち演奏家の役割は、紙の上にある音符に命を吹き込むことだ。
命のあるもの、つまり、
<音楽が生きる>
ということは、どういうことだろう。
生きているものは、呼吸をする。動物でも、植物でも皆そうだろう。
音楽が呼吸をしない限り、音を並べても音楽は死んでしまう。
音楽が呼吸をするために必要な要素の一つは、緊張の伸縮だ。そのことについて数回にわたって書いてみたい。
音楽には、まず何よりも、動物や植物のように、決して途切れることのない
<脈の歩み>
がなければいけない。その脈の中に、緊張と弛緩がおりまざることで、音楽が呼吸をしていく。
緊張がずっと同じ状態の音楽は、なにも特別な出来事が起きず続いていくドラマや映画を見ていることを想像すれば、退屈してしまうことは、容易にわかるだろう。つまり、緊張とは、
何かの<変化>が起こること
で生まれるのだ。
(続く)
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周りを大切に

たとえば、楽譜にフォルテがあって、その少し後に、フォルティッシモ、更には fffが続く場所があったとする。
―クライマックスのfffとその前のffにあんまり差がないね・・・。
とアドヴァイスしてみると、99%の生徒は、fffをもう一段階出そうとこれでもかと頑張ってみる。可哀そうに、ピアノさん。もう出ないよぉ、と苦しそうな音になっている。で、生徒の方は、
―先生、このピアノ鳴らないですね。 
と、のたまう。
または、スフォルツァンド。
―もう少しスフォルツァンドらしく、その音がはっきりと際立つようにできると良いね。
とのアドヴァイスには、エイっとその音を鋭く打鍵してみてくれるけど、どうしても硬くなったり大き過ぎたりして、やっぱり首をかしげている。
もうひとつ。
―ここから、生き生きと動き出す感じがもっと欲しいな。
とアドヴァイスしてもると、さらに生き生きと体を動かして演奏したり、テンポが知らないうちに速くなったりしてしまう。
何が間違ってる??
上の例を良くみてみると、すべて
-fffをff ”より”も大きく聴こえさせたい
-スフォルツァンドが、”他の音より”ぽんと目立っていたい。
-ここから”今までより”生き生きさせたい。
と、○○より大きく
など、他と<比較>しての効果だ。つまり、前後を<比べて>始めて現れる効果なわけだから、その音だけ頑張っていても仕方がない。ちょっとピアノから離れた例を挙げてみよう。
たとえば、紙に描いた絵。その中にある“花”一輪を目立たせたいとする。その場合、どんな色にする?と聞いてみると、
赤く塗る!!
と返事がきた。 でも、ほんと?
良く考えてみて。画用紙が、赤かもしれないよね?
あるいは、別の例を見てみよう。
人がたくさんいるところで、目立つためにはどうする? ジャンプしながら手を振る?
でも、周りみんなが同じことしてたら?
さらに、もう一つ。
演奏会で、演奏が始まる直前に、お客さんがホールに入って来て座ったら、すっごく目立ってしまう。でも、コンサートの休憩中に入って来て座っても何も目立たない。
どうして?
それは、演奏が始まる直前の場合、みんなが座ってじっとしているのに、一人だけ動いて入って来るから目立ってしまう。でも休憩のときは、みんな好きに動いたりしゃべったりしてるから入ってきても全然目立たない。
これで何を伝えたいかわかってもらえるだろうか。
あるものを際立たせたい場合、その音をがんばる方法以外に、周りを調整するという方法があるということだ。周りを下げれば、浮き立つかもしれない。直前のキャラクターが静かであれば、ここから生き生き聞こえるかもしれない。
スフォルツァンドがうまく際立っていないなら、その前の音が大きすぎるんじゃないかな。
fffが足りないなら、その前のffが大きすぎるとか。
ここから生き生きして聞こえないのは、その前がすでに生き生きしてしまってるからじゃない??
絵と同じで、いつも一歩さがって前後とのバランスをいつも見るようにしてほしい。
簡単なことのようで、意外とおろそかになっていないかな。
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親指 (2)

以前、親指について書いたことがあった。太くて短いにもかかわらず非常に大切で、使い方がかなり難しい。だけど、親指の使い方って、あの時もそうだったけど、意外に意識的に勉強されていないと今も感じる。
でも私はこの親指殿を
<おぬし、侮れ(あなどれ)ぬヤツめ>・・ヽ(`○´)/
と思っているので、(←勝手な闘争心)今回は、普段あまり意識していない親指の使い方を書いてみたい。
親指って、黒鍵を弾く時と白鍵を弾く時、実は<第一関節から先で違う使い方をする>って意識したことある人はどれぐらいいるだろう。
黒鍵を弾く時は、誰でも自然と鍵盤に対して角度が斜めに入るように親指を置く。つまり第一関節から先は、特に内側に曲げることなく、指を“ほぼ”まっすぐに近い状態で使っている。この理由は、黒鍵の鍵盤自体の幅が狭いことを考えると、自然なことだ。
ところが、白鍵で同じ様に使うと、やってみればわかるが、隣の鍵盤も一緒に弾いてしまうことになる。そのために、白鍵を親指で弾く場合には、第一関節から先を内側に曲げたうえで、少し立て気味にし、指先より少しずれた角(かど)の部分を使ってひかなければいけない。
たとえば右手の親指で、半音階で上がってみればすぐわかる。ド、ド#、レ、レ#、ミと
弾いてよう。すべての音を親指を黒鍵を弾く時の形のまま弾こうとすると、非常にもたもたするうえに白鍵の時、隣りの音を触ってしまうだろう。
上記に説明した黒鍵での<親指の第一関節から先>の使い方を“横”、白鍵での使い方を”縦”と表現すると、ド、ド#、レ、レ#、ミを弾く時は、縦-横-縦-横-縦と使うことになり、これをうまく使うと、かなり素早く移動できる。
ついでに書いておくと、オクターヴでの音階などをすばやく弾くのが苦手な人の場合、ほとんどが親指が原因のことが多い。オクターヴの早い音階は、まず親指だけを練習するのが必須だ。その時次の二つのことに気をつけてほしい。
1) 親指の”縦”、”横”を意識的に使う。
2) その際、黒鍵と白鍵のできるだけ境目のあたりを弾く。先ほどのド、ド#、レ、レ#、ミで、右手の場合、白鍵のド、レ、ミを弾く時、黒鍵に近いところを弾くようにすると速い移動ができる。つまり、できる限り親指が鍵盤の奥に行ったり手前に来たり・・・と移動範囲が大きくならないようにする。
むむむ・・・親指殿、奥が深いな、おぬし。(-o-)
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画用紙からはみ出したクレヨンの絵、きれいに書かれた鉛筆の下書き

レッスンってなんだろう。
私の役割ってなんだろう。そんなことをふと考える時期がある。
私が、レッスンで生徒さんから持ってきてもらいたいものは、もしこの2つの絵に例えると、どちらだろうか。
1)画用紙にきれいに描かれた下書きの絵。
それとも、
2)勢いあまって、画用紙からはみ出してしまっている、クレヨンの絵。
それは、 2)である。
でも実際は、きちんと整えられた下書きの絵を持ってきて、・・これにきれいに色をつけてください・・・とばかりに、レッスンで遠慮がちに弾いてくれる人が意外と多い。もちろん、それはそれで、色をつければ、絵になるだろう。
でも、それは”私”の絵でしかない。
私が欲しいのは生徒さん自身から出てくる絵。はみ出していても良い、斬新でも良い。整っていなくても良い。
伝えたい何かさえあれば。
もちろん、何を書いても良いというわけではない。音楽には、作曲家という生みの親がいる。私たちは演奏家の使命は、作曲家が紙の上に残した音に、命を吹き込むこと。
だから、好きなことをして良いというわけではない。生みの親が、”家“をテーマとしていたら、それは家でなければいけない。木の家なら木の家でなければいけない。でも、それさえ守っていれば、そこから、私たちの想像力をたくさん取り交ぜることができるのだ。
どんな大きさの家? どんな形?
丘の上にある? 森の中にある? それとも、都会?
お昼の家の様子? それとも夜? 
その家には、誰か住んでるの? 
・・・それは、私たちが想像をふくらませて良い場所なのだ。それこそが、個性。
個性、というものを“好きなように演奏して良い”・・と勘違いしている場合もある。でも、それは違う。家は家でなければいけない。つまり、楽譜に書いてあることには、忠実にならなければいけない。
その上で、自分で精いっぱい想像力をはたらかせて、自分にしか書けない絵を、自分にしかできない音楽を持ってきてほしい。そして、私は1観客の目、耳として、こうしたほうがもっと伝わるかもね、と、一緒に考えて、より作品をその子の伝えたいものに近づけることができたら、一番幸せだと思っている。
ちょっとぐらい、はみ出していても良い。だから、<自分にしか描けない絵>を持ってきてもらいたい・・。
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プールから学ぶ (3)  硬い音

このテーマは、ずいぶん長いこと考えている。いまだにはっきりとした結論が出ていないのだけど、模索途中として書いてみたい。
音が“硬い”・・・と表現するけれど、
みなさん、どうしたらピアノって 固い音が出るんでしょう・・。(・_・;)
私も答えがわかるわけではなく、目下考えているところです、ハイ。汗
指を固めているから・・という説明も聞くけど、実際は音はハンマーが弦を叩いて鳴るわけで、どんな風に打鍵しようが、音を出すのはハンマーだから、指を固くしなければ良い・・という問題ではない気がする。
今の時点で、考えているのは、プールでの飛び込み。(←相変わらず、ぶっ飛んだ例だけど)
私の小学校の先生は、良く生徒をもちあげて、プールに放り込んでいた。(いいのか?笑)
私も放り投げられたのだけど、その時、おなかや背中から水面に落ちた時の痛いこと!!!
バッチーン!!!という音とともに、めちゃめちゃ痛い。
高いところから飛び込みをするのを見たことがあるけど、その場合誰もおなかや背中から水に入らない。指先から、できるだけ細い面積で水に入っていく。
話を変えて、拍手をする時。誰も、両手の手のひら同士をまっ平らにして、左右合わせてはたたかないだろう。そうすると、てのひらが一気に痛くなる。少し手のひらを丸めるようにしてたたく。
この3つの例から思ったことは、平面と平面が面積が広くあたると痛いということ。それは、二つの平面がぶつかり合ってしまうから。
ハンマーは柔らかいもので包まれている。でも、たくさん弾けば弾くほど、ハンマーがいつもあたる弦の場所がへこんできて、溝のようになる。その部分は、かなり硬い<踏み固められた土>のようになっていると思う。そこに、ばんっと金属の弦があたれば、相当固い音が出るのは想像できる。
だから、打鍵を必要以上に早くすると、平面同士が衝突して、硬い音が出ているんじゃないだろうか・・・と思っている。それを避けるために、できる限り必要な点だけを弦に当てる。つまり、ハンマーが弦に当たったら、すぐに解放しないといけない。そのためには、たとえ大きな音でも、微妙なコントロールが必要になる。いつもブログで書いている指先でのコントロール。
だから、ある意味、指を固くしない・・・という表現も間違いではない気がする。
たとえば古い弾きつぶされた楽器。たまに、いくらコントロールしてもどうしても金属音になってしまう時がある。それは、
ハンマーの溝が踏み固められて、かっちかちになってるんじゃないだろうか。それと同時に、必要以上に押し込む打鍵をすると、ハンマーに弦が食い込むから、響きが止まってしまうというのももちろんあると思うけど。
うーん、今の私に考えられるのはこんな感じ。
なにかほかの意見があったら是非知りたいところだな・・・。
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プールから学ぶ?! (2)  ミニ・ビート板

弱く深みのある和音で曲を始める・・・とくに緊張しているときなど、本当に難しい。
ぼかんと思わぬ大きな音が出てしまったり、逆に鳴り損ねてしまったり。誰にでもある経験だろう。
まず、解決策を考える前に、どうなることでこのアクシデントが起きているかを考えてみたい。これまでのブログでも何度か触れたように、ピアノという楽器はハンマーが弦をたたくことで音となる。ハンマーが思ったより速くあるいは強くあたり過ぎたり、あるいは逆にあたり損なったりしてしまうことで、鳴り損ねや鳴りすぎということが起きる。
もちろんピアノを弾く時に、どれほどの速度で、どういうタイミングで・・・といちいち考えて計算しているわけではない。それをある程度自動的に感じられるようにするために、普段から“意味のある練習”を通して、感覚を体に染み込ませていくのだ。
今回のテーマである“静かに、そして深く豊かな音”を得るためには、完璧な打鍵のタイミングをわかっていることが必要となる。打鍵というのは、鍵盤が“底にあたって”初めてできるわけだから、そのタイミングをつかむためには、鍵盤が降りるときの鍵盤の重さ、つまり鍵盤が上に戻ろうとする力を指先で感じている必要がある。鍵盤が戻ろうとする力を感じながら、それに見合った速度で鍵盤を下ろし打鍵をする。
ゆっくりとした深い丸みのある温かい音。たとえば、ベートーヴェン作品110の1楽章の始め、あるいは作品109の3楽章の始め、あるいはショパンのバラード4番の出だしなどなど。ぷるぷるっと震えてしまうのも稀ではない。
こういう時に、安心して弾けるための、<指先が捉えている鍵盤の感覚>を、今回は理屈ではなく感覚で説明してみたい。
プールで泳ぎを覚え始めのころに使うビート板。これを使ったことがある人は多いだろう。もしもなければ、発泡スチロールの板でも良い。これをちっちゃく5センチ四方ぐらいに切ったところをイメージしてほしい。イメージで十分!
これが、私の言うミニビート板。(^。^)
これを持ってお風呂か何かで、湯船につかっているところをイメージしてみよう。お湯にミニビート板を浮かべて、それを人差し指と中指の指の腹だけを使って、お湯の中に5センチほど静めるとする。手首や腕に無理をせず、ミニビート板が斜めにならないように、指の力でぐっと水面5センチぐらいの深さに沈める。すると水圧が指先にかかって、ミニビート板が押し戻されそうになるので、それに負けないように、そしてビート板が斜めにならないようにぐっと手のひらをしっかりさせて、指の腹で水に沈める感じがわかるのではないかな。
ゆっくりと静かに深い音を出すとき、このお風呂での指先の感覚が非常によく似ている。少し感じがつかめるかな・・・

プールから学ぶ?! (1) -ターン-

難しいところが弾きづらい場合、どうして弾きづらいのか、練習に入る前にその原因を探すことが大切だ。様々な難しさがあると思うけれど、ピアノ演奏でよくあることの一つ、大きく素早いポジション移動のときのミスについて書いてみたい。これは主に2つの原因が挙げられると思う。
1) これから来る難しい個所が気になって、目の前の事が不安定になる。
2) 移動に無駄があり遅くなっている。
最初の点については、階段を降りるようなものだ。ふと、先に気が行ったために、目の前の段を踏み外しそうになり、ひやっとすることがある。今弾いている音をきちんと弾くだけでなく、きちんと出した音を耳でキャッチ(聴く)してから次の難しいところを弾くということを常に頭に置いておくだけで、良い意味で演奏に安定感が出る。
2)について詳しく考えてみたい。これは、“速い移動をしなければいけない”という思いから来る間違いで、意外と多い。たとえば左手で、低いバス1音と真ん中あたりの音域の和音を交互に弾かなければいけないとする。バスを弾いて素早く次の和音に移動しなければいけないから・・・と左右への鋭い動きで鍵盤上を右へ左へと反復横とびのように(笑)移動して演奏しようとするケースが良くみられる。
これは本当に一番早い動きなのだろうか。
プールで泳ぐときのターンをイメージしてみよう。壁にタッチしてターンする方法ももちろんあるが、速いのはクロールなどで見る、壁の手前でくるっとするターン(クイックターン)だ。
水泳で壁にタッチしてから向きを変えるのと同じように、左右への鋭い行き来は速いようで実は大きく時間のロスをする。それは方向転換をする時にその向きが180度反対になってしまうので、今向かった速度にブレーキをかけて反対方向に動くことになるからだ。左右にそれを続ければスタートしてはブレーキをかけるという繰り返しになるため大変な運動になる割に速い移動ができない。
少ないエネルギーで一番早く動けるのはどういう時だろうか。
それは“円”を描くこと。
肘を軸にして、腕を回してみよう。左右素早く腕を動かすよりも、肘を中心にして円を描くほうが少ないエネルギーで、楽に早く動かせるのがわかるのではないだろうか。ここで大切なのは、肘を軸にするということ。円を描くということは、軸がないと非常に難しい。
コンパスでも軸がある。アイススケートで同じところで早くぐるぐるまわる演技があるが、これも体の軸が命になると思う。同じことがピアノでも言え、上記の場合ではその軸が肘である。
この“円”の動き、もちろん目に見えないほど鍵盤のそばで小さく行わないといけない。大きな円を描いていては逆効果で、かえって時間ロスになってしまう。自然な動きとは、移動するバスと和音の中間あたりに肘が来るように置き、それを軸として鍵盤の“ほんの”少し上を曲線を描くようにバスを探しに行き、バスを弾くと同時に鍵盤に這うように戻る。這うように行って這うように戻るのではなく、ほんの少~しだけ上に山を描く様にバスを探しに行くというのがポイント。そしてバスを弾いたと同時に真ん中の和音に戻る。その動きを線で描くとすると、横に長~い楕円のような動きだ。もちろん例外もあるのだけれど、概ねの基本はこの動きが利用できるだろう。
ピアノに限らず、楽器を演奏する際、体ができる限り自然な状態に近いほうが良い。バイオリンでも、チェロでも、クラリネットでも・・良く考えてみると、体と楽器が一体になるように、両腕で円を描くように楽器を包み込んでいる。ピアノも同じ。演奏でこの円の原理という自然な動きは本当に良く使う。
ショパンは手が小さい人だった。彼は本当にうまくこの円の動きを使ったテクニックで
曲を書いている。大きな移動に限らず、円のテクニックはショパン演奏の基本だと思う。そう考えてテクニックを探してみると面白いかもしれない。
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自分を知る、楽器を知る 最終回(7)  “ぬく”“緩める”という意味

鍵盤を“戻す”こと。これは、前回の“プラス方向”に送ったエネルギーを吸収すればできる。簡単に言うと、エネルギー(自然な重さ+速度)を送り込むのをやめれば、鍵盤は勝手に元の位置に戻ってくる。つまりは、緩めれば戻ってくる。スタッカートにしたければ、鍵盤を早くハンマーにあてて、すばやく戻せばよいわけだから、打鍵の後、“素早く抜けばよい”ということになる。
だから、短い音にしようと必死で上へ指や手をしゃくりあげる必要はない。
この“ゆるめる”ということ。誰もが耳にしていると思うこの言葉。場合によっては、“ぬく”と表現されているかもしれない。ピアノでいう緩める、抜くという状態は実際にはどういうことをいうのだろうか。このことが、本当の意味で正しく解釈されていないことが多いと、あらゆる場面で感じる。
<本当に緩めてしまったら、どうなるか>を考えてみると良いかもしれない。
たとえば、地面に立っているとする。力を入れずに<休め>の姿勢で立っているときをイメージしてみる。この時、すべて緩んでいるだろうか。もちろんそうではない。例えば、足首やひざは緩んでいない。緩めていたら、がくっと倒れてしまう。
ピアノも同じ。本当に手を緩めたら、手が手首からだらんと下がって幽霊みたいな状態になるし、腕を完全に緩めたら、ピアノの上にどたっと腕全部の重さがかかってしまう。
原則11)演奏中に、完全に緩めてしまうことはない。
では私たちが使っている“緩めて“という表現は、どういうことなのだろうか。
それは、”スタンバイ“ができているという状態のこと。次の音、次のポジションへ移動できるスタンバイ状態。
椅子やソファーににどてーっと座っている状態で、さぁ、今から走り出そうと思っても、体が準備できていない。走り出す前の状態、たとえばかけっこでスタートラインに立っているとき、体は固まっていないけれど、足やひざなど必要な部分は、意識が高まって移動できる状態にあるだろう。これと同じで、ピアノでも次に動ける状態というのを”緩める“と表現しているのだ。
原則12)ピアノでの“緩める”ということは、“スタンバイができている”ということ。
1つの音を弾いた後、その指を固めているわけではないが、その指を利用して次にどこにでも動けるスタンバイ状態を作れていないといけない。つまり、適度にしまっていて、同時に柔軟な状態とでもいえるだろうか。わかりやすい感覚としては、
椅子の上から地面に飛び降りた時の両足の状態かな。足を固めていたら着地の時にとても痛い。でもゆるめてしまっていたら足をくじいて倒れてしまう。ばねの利いた状態で、足で地面をとらえ、すぐに飛び降りたエネルギーを吸収している。指の適度にしまった柔軟さは、この足の感覚によく似ていると思う。
これは指だけに限らず、体もおなじ。理想の座り方の状態は、お尻の上にはしっかりと座っているけれど、上半身は、とても軽い状態なのだ。どてっと座っていては、エネルギーを指先に送ることができない。
これまで7回にわたってピアノと人間という二つの楽器について見てきた。ピアノを弾く時に、決してあの機械がああなって、ハンマーがこうなって・・などと考えながら弾いているわけではない。どんな時も、耳が優先。耳から探す。つまり、音やキャラクターのイメージをまず鮮明に頭に描き、それを耳を通して音にしていく。ほしいと思った音が出た時にはじめて、今どういう打鍵をしたのか自分で再確認するというのが、理想的な練習の順番だと思う。
譜読みをして、ある程度弾けるようになってから、キャラクターを考えるのではない。
まず、キャラクターやイメージから入ること。このことはいつでも心の隅に置いておいて欲しい。
その上で、楽器というものの作りをもう一度見直し、理解しておくことは決して無駄ではないと思い、今回の7回にわたるブログを書いてみた。自分にとっての再確認として文章にしてみたのだけど、もしも何かの役に立っていたら嬉しいな。
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自分を知る、楽器を知る(6)  プラス方向に弾く

鍵盤を触ったところから、鍵盤の底までの数センチ。この間にどれだけの重さと速度を落とすかで様々な音がでることは、今まで見てきたとおり。この重さと速度を組み合わせたものをエネルギーとここでは呼んでみる。

原則9) ピアノは、下に向かってエネルギ―を送りこむ、いわゆるプラス方向の作業“のみ”で弾く。

当たり前のように聞こえたかもしれないが、実際は音を弱くしたいとか、軽くしたい、やわらかい音が欲しい、などとなると、下に落ちないように、とブレーキをかけたような打鍵をしてしまうケースが非常に多い。こうなると、ピアノを弾く時の基本である<重さを“落とす”>ことができなくなる。
または、短いスタッカートにしたいとき。熱い鍵盤をさわるかのように、ぴょんぴょん撥ねる打鍵を見ることがある。それは、短くしている気になっている“自己満足”でしかなく、本当のコントロールはきかない。
もう少し楽器のことを考えてみよう。
ピアノは指が鳴らしているのではなく、ハンマーが弦をたたいて鳴らしているのだ。そのことを忘れないでほしい。そのハンマーは下から上にあがる。つまり、どんなに軽い音や、弱い音が欲しくても、私たちは鍵盤に対して、エネルギーを下に“送り込む”、つまりプラスの作業をしない限り、理想通りの音にはならない。
弱く弾く、やわらかく弾くというのは、送り込む量を”減らす“マイナスの作業ではない。そうではなく、逆に”少ない“エネルギーを<送り込む>というプラスの作業なのだ。
もっとはっきりと伝えるために、こういう例をあげてみよう。楽譜に四分音符でド、そのあとに八分音符でソの音(先ほどのドのすぐ上のソだとする)が書いてありその後ろに八分休符があるとする。更にそのドとソにスラーがかかっているとイメージしてほしい。それを右手の人差し指でド、右手の小指でソを弾くとする。
言葉だととってもややこしいが、要するに
ドーソッというレガートだ。ソは短め。
実際弾いてみよう。
人差し指でドを弾く時は、鍵盤の底をつかんでいるが、小指を弾く時に手首をあげて、手を(手の甲を)鍵盤のふたの方へ浮かせた人がいるのではないだろうか。
浮かすことがいけないのではない。その方が感じ易ければ、“音の障害になっていない限り”どんな動きをしてもかまわない。ただ、ドーソッというレガートを作りたいという思いから、手をしゃくりあげたのだとしたら、それはレガートにした“つもり”、いわゆる自己満足にしかならない。
ドの時にエネルギーを多く入れ、少なめのエネルギーでソを弾けば、ソの音の方がドに比べて音に勢いが少なくなるので、ドーソッと聞こえる。ソの時は、エネルギーを減らしたのではなく、少ないエネルギーを下向きに入れただけだ。手をしゃくりあげる必要はない。
原則10) ピアノは、いつでも下へと弾く。上に引っ張り上げるのではない。
でも、次の音を弾くために、鍵盤をあげなければならないのではないか、と思った人もいるだろうか?
私たちに、鍵盤を上げることはできない。指先に吸盤でもついてない限り。笑
鍵盤を上げるのではなくて、戻すことならできる。どういうことかわかるかな?
この続きはまた次回に。
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自分を知る、楽器を知る(5)  耳の大切さ

残念ながら、数学のように、どの重さにどの速度を足すと、こんな音が出る、という決まりがあるわけはないので、それは自分の欲しい音をイメージして、実際出ている音を耳で判断しながら、どういう種類の打鍵をしたら自分の理想の音に近付くかを探していくことになる。
ただ、参考として、こういうことを言っておこう。
原則7)部品が重くなると、動作が遅くなる。
たとえば、二つの押しボタンが目の前にあって、それをできるだけすばやく交互にたたいてほしいと言われたとする。
その手段として、鉛筆と、丸太の棒のどちらかを選ぶように置いてあったら、どちらを選ぶか、それは明瞭だと思う。とかいっておいて、丸太って言われたらどうしよう・・汗
音楽で例を挙げると、オクターヴで、しかもフォルテで上の方から下の方まで早く下りてこなければいけない部分があるとする。フォルテだからといって、全部の力を指にかけたら、指は動きづらくなる。早く行く必要があるからと言って、軽い方がいいからと指だけの重さにすると、力強いフォルテのオクターヴは出ない。
このように、大きい音が必要だから、重さを乗せ、小さいから軽くするというほど、単純ではない。使う部品とそれに加える速度のバランスを見つけるのは、耳の作業になる。ただ、耳で探す前に、

原則8)欲しいと思う音が頭にしっかりとあること。

それを持ってこそ、本当の意味の練習が始まる。